へーまの呟き

2010年7月29日 (木)

「残心」

最近、武術の大切な教えのひとつに

「残心(ざんしん)」という言葉があるのを知った。

武道における心構えで、一つの動作が終わってもなお緊張を解かないことをいう。

剣道では打ち込んだあとの相手の反撃に備える心の構え、

弓道では矢を射たあとその到達点を見極める心の構えにあたる。

 

和弓で大切にされている、矢を放ったあとの姿勢。

矢を放ってすべてが完了したわけではない。

矢の行く末を、姿勢を崩さず、心で追う。

 

ストロークでも同様に振ったあと、

中途半端にラケットを振るのではなく

心をボールに乗せ、ゆったりとフォロースルーをとることが基本。

それが「残心」だ。

ひと振り、ひと振り、しっかりフォロースルーを決め、「残心」を大切にする。

一回一回を流さないことだ。

「残心」のあるなしでスイングのするどさも安定性も美しさも格段に違ってくる。

 

以前、『「余韻」2008/9/8(月)』を書いたけれど

「フォロースルーの余韻を楽しむ」というタイガー・ウッズの欧米思想の表現と違って、

「残心」という言葉の響きは、「和」の雰囲気がプンプンと漂っていて趣があって感じるものがある。

 

動作の締めに「残心」があると、

優雅さやゆとり、風格がにじみ出て見えるという。

 

師、曰く

「残心を大切に」


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2010年7月28日 (水)

続・「脳科学で見るダブルスの戦術」

仲間外れにされると、誰だって淋しくて胸が締めつけられるような、

とってもイヤな心境になる。

 

この実験は『のけ者にされたときの脳の反応を調べるという研究。

そんな状況に置かれたときの脳の反応をMRIで測定したわけだ。

 

そうしたら、なんと驚くことに『痛み』に反応する脳部位と

同じ領野が活動したという。

 

師、曰く

『よく「心が痛む」「胸が痛む」と言うけれど、

まさに言葉通り「痛い」ってわけ。

つまり、脳から見ると、仲間外れにされたときの不快な感情は、

物理的な「痛み」と同質なものだといえる』

 

へえ~。知らなかった・・・。

なるほど、こういうことか。

ダブルスを楽しんでいたら、仲間外れにされてボールがほとんど飛んでこないで心を痛めた人が大勢いて、それを我慢ならずに他人に適用したんだ。

イジメられたからイジメかえす。

分かり易い理路だ。性格悪いなー。

 

他人の嫌がることをすれば強くなるのは言うまでもない・・・。

ヒトから嫌われたくないという感情は、

社会生活を営む上で重要で、仲間からの「疎外感」を検知するために

「痛覚」を使ったのは進化上の大発見だと師匠は結んだ。

                    おしまい。

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2010年7月22日 (木)

脳科学で見るダブルスの戦術

よくダブルスで「対戦相手の弱い方を集中攻撃して相方の強い方を仲間外れにしよう!」 みたいなフレーズ(戦術)を目にしたり耳にしたことがあると思う。

 

今回は、その戦術について脳科学の見地から考えてみたい

(注・エラそうに書いているけど、僕が実験したわけではありません)。

 

これを端的に示す実験がある。

 

実験

3人でバ レーボール(トスゲーム)のテレビゲームをする

3人でボー ルを回しあって、自分のところにきたら、

別のプレーヤーにボールを返してあ げる(対戦相手である

2人のプレーヤーは自分からは見え ない)

●実は対戦相手である2人はグルで

コンピューターを相手にしている (本人は知らない)

 

面白いのはここから。

これに意地悪なプログラムを組む。

最初は3人で楽しく遊んでいるんだけど、

あるときを境に、本人にボールを渡さないようにする。

つまり、ほかの2人同士でゲームを楽しんでいて、

本人だけが「のけ者」になったという状況にする。

                   つづく。

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2010年7月20日 (火)

中・高生の男子達へ

幼気(いたいけ)ない小学生に「大人になれよ!」と僕は言わないと前に書いた。

 

でも、中学生、高校生にはよくこう言う(最近は、小学5,6年生にも口走るようになっ てきた)。

「もっと男になれ!」

草食系なんて言われてニヤニヤしている輩を見るとウンザリする(どうしても好きになれ ない)。

 

師匠の分析によると、草食系男子の生存戦略の基本は「様子見」であるという。

別に決然として現実に背を向けているわけではなく、世の中の帰趨(きすう)が決まって から、自分の生き方をそれに合わせるつもりで、見た目の柔弱さとは裏腹に、かなり冷徹で計算高い生き方であると教わった。

 

ふむふむ。特徴は―。

 

すぐ泣く。

拗ねる。

「どうせ僕なんか・・・」といじける。

かわいこぶる(齧歯(げっし)類系の「かわいさ」を演じるのが上手)。

メールに顔文字をたくさん使う。

優柔不断で、「何食べる?」「どこ行く?」といった質問に即答できない。

化粧品にうるさい。

肌を美白に保つことに熱心。

ヘア命(ヘアセットができてない姿を見られると、スッピンの女性のように身もだえする らしい)。

家族と親密。などなど。

 

こういう男子が20代に大量に存在しているらしい。

へぇ~。やっぱり僕とは対極だ。ひとつも当てはまらない・・・。

 

子供は子供らしく

 

男は男らしく

 

女は女らしく

 

大人は大人らしく

 

『それとなくあの娘に聞いたよ

誰が大事な男性なのか

心の中じゃ 嗚呼 無理だと知りな がら

 

フラれてもくじけちゃ駄目だよ

こんなしがない世の中で

振り向くたびに もう 若くはない さと

 

野暮でイナたい人生を 照れること なく語ろう

悪さしながら男なら 粋で優しい馬 鹿でいろ

 

底無しの海に 沈めた愛もある

酔い潰れて夜更けに独り

月明かりのWindow

悲しみの果てに おぼえた歌もある

胸に残る祭りのあとで 花火は燃え 尽きた

 

♪桑田 佳祐 「祭りのあと」より』


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2010年7月19日 (月)

「幽体離脱」・partⅡ

勝つ子と負ける子の違いについて書いていたら

「脳」の話に飛んでしまったけれど

ここからが肝腎で本題だ。師匠の講義から・・・・。

 

師、曰く

 

『幽体離脱の能力はそんなに奇異なものだろうか?だって、幽体離脱って、自分を外から

見ると言うことでしょ。君 らの中でもサッカーをやっている人だったらわかるよね。

サッカーの上手い人は試合中、ピッ チの上空から自分のプレイが見えるって言うじゃない。あれだって広い意味での幽体離脱だよね。そういう俯瞰(ふかん)的な視点で自分 を眺めることができるから、巧みなプレイが可能になるんだろうね。サッカーに限らず、優れたスポーツ選手は卓越した幽体離脱の能力を 持っている人が多いと思う。

スポーツ選手だけじゃなくて、僕ら にもあるはずだよね。たとえば、何かを行なおうと思ったときに障害や困難にぶつかったりもする。そういうときには反省する でしょう。どうしてうまくいかなかったんだろうとか。あるいは自分の欠点って何だろうとか。

こうした感覚は一種の幽体離脱だと 言っていいよね。自分を外側から客観視しているからね。他人の視点から自分を眺めることができないと、僕らは人間的に成長 できない。自分の悪いところに気づくのも、嫌な性格を直すのも、あくまで「他人の目から見たら、俺のこういう部分は嫌われるよな」っ て気づいて、はじめて修正できるわけだ。だから僕は、幽体離脱の能力は、ヒトの社会性を生むために必要な能力の一部だと考えてい る。』

 

パチパチパチパチ―。ブラボー。

 

四回に渡って長くなったけど、

僕が言いたかったのはこういうこと。

 

「他人の視点から自分を眺められないと、人間的に成長できない」

 

テニスに専念する前にサッカーをやっていたKちゃ んが、

サッカーのコーチに

K太は周り が見えている」と褒められていたのは当然のことだ

(←Kちゃん から聞いた)。

                 おしまい

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2010年7月18日 (日)

幽体離脱

試合で勝つ子と負ける子の違いについて考えていたら

脳科学の本のことを思い出したので紹介します。

 

脳を直接に電気刺激して活性化させる実験があるらしい。

刺激すると、刺激場所に応じていろんな反応が起こるという。

 

運動野を刺激すると、自分の意思とは関係なく、

腕が勝手に上がったり、足で蹴ったりする。

 

視覚野や体性感覚野を刺激すると、色が見えたり、

頬に触れられた感じがしたりする。

 

ここからが、びっくり仰天。

 

先の実験と同様に右脳の角回という部位(頭頂葉と後頭葉の境界にある)を刺激する。

 

すると何が起こったか?

 

刺激されると何と自分が2メートルぐらい浮かび上がって、

天井の下から、自分がベッドに寝ているのが部分的に見えるという。

 

「幽体離脱」だ・・・。

 

「心」が身体の外にワープしている…。

 

「心」は必ずしも身体と同じ場所にいるわけではないことになる。

 

知らなかった・・・。

 

「幽体離脱」なんていうと、オカルトというか、

スピリチュアルというかそんな雰囲気があるけど、刺激すると

「幽体離脱」を生じさせる脳部位の実験があるなんて・・・。

 

因に、「幽体離脱」は、人口の3割ぐらいは経験すると言われていて

起こったとしても一生に一回程度。

だから頻度が低すぎて科学(研究)の対象になりにくいらしい。

                 つづく

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2010年7月15日 (木)

村上春樹に学んだ「うつろな人間」・partⅡ

細部は小説の感興を殺(そ)ぐから省きます。

最後に大島さんは省察を語る。

 

『ただね、僕がそれよりもうんざり させられるのは、想像力を欠いた人々だ。TS・エリオットの言う<うつろな人間たち>だ。その想像力の欠如した部分を、う つろな部分を、無感覚な藁(わら)くずで埋めて塞いでいるくせに、自分ではそのことに気づかないで表を歩きまわっている人間だ。そ してその無感覚さを、空疎な言葉を並べて他人に無理に押しつけようとする人間だ。(・・・)想像力を欠いた狭量さ、非寛容さ。ひとり 歩きするテーゼ、空疎な用語、簒奪(さんだつ)された理想、硬直したシステム。僕にとってほんとうに怖いのはそういうものだ。僕 はそういうものを心から恐れ憎む。なにが正しいか正しくないか―もちろんそれもとても重要な問題だ。しかしそのような個別 的な判断の過ちは、多くの場合、あとになって訂正できなくはない。過ちを進んで認める勇気さえあれば、だいたいの場合取り かえしはつく。しかし想像力を欠いた狭量さや非寛容さは寄生虫と同じなんだ。宿主を変え、かたちを変えてどこまでもつづく。そ こには救いはない。僕としては、その手のものにここには入ってきてもらいたくない。僕はそういうものを適当に笑い飛ば してやりすごしてしまうことができない。』

 

・・・・・・・・。

 

僕はこの『海辺のカフカ(上)』の19章を読み終えた後に、

僕の魂がプルプルと震えていたのを現在でもありありと覚えている

                     おしまい

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2010年7月14日 (水)

村上春樹に学んだ「うつろな人間」

僕は、村上春樹が好きだ。

読みたい小説はいくらもあって後回しにしているのに

『1Q84・BOOK3』が発売するや否や、

尻尾を振って真っ先に購入し、

他の本そっちのけで読み耽っている僕がいることは、

例外的なことだ。

 

「村上春樹の本の中で好きなのは何?」と聞かれたら

2,3冊真っ先に上がるけれど、

『海辺のカフカ』(その2,3冊のうちのひとつ)だけは少し訳が違う。

 

何故かと言うと、『海辺のカフカ』だけは

「とくに上刊の19章がたまらない」と言い切れる程、

記憶に鮮明に残っているシーンがあるからだ

(丸暗記とは言わないが、それに近いものがある)。

 

主人公の少年が偶然住むことになった四国の古い図書館に

2人のフェミニストがやってきて、

「文化公共施設のアクセスの公平性」について異議を申し立てる場面がある。

これに対して図書館員である冷悧な大島さんはこう答える。

 

『いいですか、僕が申しあげたいの はこういうことです―小さな町の小さな私立図書館にやってきて、あたりをくんくん嗅ぎまわって、洗面所の形態や閲覧カードのあ らを探しているような時間があれば、全国の女性の正当な権利の確保にとって有効なことは、ほかにいくらでもみつけ られるはずだ、と。僕らはこのささやかな図書館を少しでも地域の役に立つものにするべく、全力を尽くしています。(・・・)人 間味のあるサービスを心がけています。(・・・)もちろん不備はあります。限界だってあります。しかし及ばずながら精一杯のことは やっているのです。僕らができないことを見るよりは、できていることのほうに目を向けて下さい。それがフェアネスというも のではありませんか』

つづく

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2010年6月25日 (金)

技術の「上達が速い人」と「上達が遅い人」についての考察・partⅢ

まだまだ続く。

質問の仕方がビミョーな人(これもコミュニケーション能力と繋がっているなー)も、

「上達が遅い人」にカウントされる。

 

師匠は喝破した。

 

『質問の仕方でその人の全部がわかる』

 

僕は、まだまだ師匠様みたいに達人ではないので

『全部がわかる』とまでは言い切れないけど、

『その人の大体がわかる』。

 

僕は、経験的に質問の仕方がビミョーな人は

「上達が遅い人」だと知っている。

 

最後に思い付くのは、我(自我)が強い人。

このタイプは、強くなる可能性はあっても「上達が遅い人」だ。

強くはなっていても、我が強すぎて自分の「技」が上達していないことに気がつかない。

 

「上達が速い人」と「上達が遅い人」について考えてみたら

「コミュニケーション能力の低い人」しか浮かばなかった・・・。

                 おしま い。

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2010年6月24日 (木)

技術の「上達が速い人」と「上達が遅い人」についての考察・partⅡ

僕は、自称「原始人」だ。

「現代人」は、文明の利器に埋もれ、

生身(なまみ)の開発に無頓着すぎると思う。

 

CD(デジタル)みたいに己の発信方法 が、

「〇(ゼロ)」と「1(イチ)」しかないのは、

正直、いかがなものかと悩んでしまう。

人間なんだから、もう少しレコード(アナログ)みたいに、

溝(みぞ)を掘って「0.4」 とか「0.7」とか、

もっと掘って「0.05」 とかにできないものだろうか。

大人になって相手によって話し方を変えられないというのも悲しい話だ・・・。

 

経験的に自分の中に何種類もの自分がいる(と信じている)人の方が「上達が速い人」だ と判る。

 

だって、そのタイプの人は、飛んで来るボールに対して

色々な振り方(スイング)をしてくれるから。

 

CDみたいに「〇」か「1」しかない人 は、

スイングの仕方が一種類しかなくて、

色々なスイングができない。

できたとしても、同じ振り方でスイングスピードを速くするか遅くするかだ・・・。

つづく。

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