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2010年3月

2010年3月31日 (水)

続・「アングル・ショット(angle shot)」・partⅡ

後悔先に立たず(物事は何事もとりあえずやってみないと

ダメだね。反省・・・)。


「アウトサイドのアングル」が得意な人、

「インサイドのアングル」が得意な人、

両方得意な人、両方不得意な人、きれいに分かれる。


これまでに「アウトサイドのアングル」に光が見えず

苦しんできたみんな(と僕)が、「インサイドのアングル」は、

いとも簡単に熟(こな)してしまった理由が、

ただ単にインパクトでボールを見ていないで

的を見たくて仕方ない他のショットと違い

視線が残っているからだけだとしたらとても残念な話だ

(逆クロスのレーザービームは、視線が切れてしまっていたりする)。


「インサイドのアングル」の時は、インパクトに視線が残りやすいのは

言うまでもないことだけど・・・。


僕は、クロスに打つ「アウトサイドのアングル」を

“アウトサイドのちょりん”、

逆クロスに打つ「インサイドのアングル」を

“インサイドのちょりん”と名付けた。

おしまい

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2010年3月30日 (火)

続・ピート様(サンプラス)とロジャー様(フェデラー)のサービスでハイテクニックだなーと思わされる共通点

前置きが長くなった・・・。


トッププロのトスの上げ方に注意して見てほしい。


トッププロのトスを上げる際の共通点は、

ボールを放す左手の位置が顔の前(もっと言えば目の前)であること

(トッププロでそーじゃない人がいたら御免なさい)。

限りなくボールを持っている時間が長い。

これはみなさんも是非、参考にして下さい(とっても大事です)。


ここからが本題(ふー。やっと辿り着いた)。


ピート様とロジャー様(とついでに僕)は、トスを上げる際、

トスを上げる左腕(上腕と前腕)が何と、ベースラインと平行に

上げていってボールを目の前で放している。


僕は、このテクニックに色気を感じてクラクラしてしまう

(現在では自分自身に・・・)。


サービスの打ち方(トスの上げ方も含めて)は、千差万別だ。

みなさんはどんなサービスを描きたいですか?


理想(美学)を棄てて、割り切って(諦めて)

サービスボックスに入れるためだけのサーブを見るとゲンナリする

(でも、そうしないと試合は始まらないから責めているわけではありません)。


僕もピート様を師匠にしたばっかりに、

気が遠くなるくらい遠回りしたもんだ

(現在はそれでよかったと心底想っているけど・・・)。


ピート様は言った(記者に、テニスの中で一番、大切なショットは?と聞かれて)。


「それはセカンドサーブだ」と。


僕もそう思う。

僕の記憶が確かならばロジャー様もそう言っていた筈だ

(間違っていたら御免なさい)。

おしまい。

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2010年3月29日 (月)

ピート様(サンプラス)とロジャー様(フェデラー)のサービスで ハイテクニックだなーと思わされる共通点

つくづく、テニスというスポーツは、

ストローク・ボレー・スマッシュ・サービスと4種類も

練習しなければならないので「骨が折れるなー」と身に沁みる。


その中でもサービスは、自家発電(自分から力を生み出さないといけない)

しないといけない唯一のショットであると同時に、

ストローク・ボレー・スマッシュと較べても大変難しく

(天性のビッグサーバーを除いて)、

理論としても一番深く、迷宮の扉を叩いてしまいやすい

(そーなったら、さあ大変。他のショットまで足を引っ張られる)。


何を隠そうこの僕も選手時代にサービスで悩み苦しみ、

何度も何度も絶望の淵に沈み

「こんなサーブしか打てないなら死んだ方がましだ」

と何度も何度も思わされた。


プロを目指して“全日本ランキングで長い間50位以内に入っている”

という目標(夢)も今思えば、サービスのせいで

(サービスで自分の首を絞めて)無残にもついえた

(結局150位以内に入ることすらできなかった・・・。残念)。


今、思えば・・・。今思えばと書いた・・・。


僕が引退を決意できたのは、

「オレの「心」・「技」・「体」は、これが限界だ」と思った(思えた?思いたかった?)ときに

全日本選手権に出場できない“現実”が目の前にあったからだ。


ところが、ひょんなことからコーチをすることになり、

止めたはずのテニスを続けることになった。

すると、現役時代では考えられないスピードでサービスが向上して

僕をビックリさせた(と同時にガッカリした。この技術を現役時代に携えていたらと・・)。


いけない。勝負の世界に“たら”“れば”は禁物だ。

でも、言い訳がましく聞こえるだろうけど、

師匠(ピート様)の後を追って背中を見ながらサーブをしていたので

完成するのに時間が掛かってしまったのだ。


でも、現在の僕は違う。

ピート様が僕を虜にしたテクニックを手にしている。

これはロジャー様も採用しているハイテクニックだ

(注、これは誰もが真似しなければいけないという話ではありません。

理想(美学)の問題で、僕にはそのやり方があまりにも

色気に満ちて見えた・・・)。

                     つづく


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2010年3月26日 (金)

アングル・ショット(angle shot)・partⅡ

四の五の言わずに、2009.3/28(土)に載った

『アングル・ショット(angle shot)』を読みましょう

(これは、とても重要な技術(テクニック)です)。


最近、ストロークの「球出練」のメニューを新しく増やした

(僕のレッスンでは、ある程度の「型」は決まっているので、

とても珍しいことだ。たまにテニスの神様から御告げがある)。


「クロス・アングル(アウトサイド)交互」の他に、

「逆クロス・アングル(インサイド)交互」を追加してみた。


これまでP(プライベート)レッスンで

「クロス・アングル(アウトサイド)交互」ができた(巧い)人だけに、

やってもらっていたメニューだ。


いろいろなクラスで試してみると、

物の見事に僕の中の「常識」が崩される・・・。


なんと「クロス・アングル(アウトサイド)交互」よりも

「逆クロス・アングル(インサイド)交互」の方が

巧い(光が見える)人が大勢いたからだ

(予想外だ。オマエの眼は節穴か・・・。気づかなかった・・・)。


僕の頭では、「アウトサイドのアングル」の方が

「インサイドのアングル」よりも簡単だと決め付けていたから、

「アウトサイドのアングル」が儘(まま)ならないのに

「インサイドのアングル」を施すわけにはいかないと

後回しにしていたのだ・・・・。


つづく

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2010年3月25日 (木)

冬の三日間集中レッスン(1/5~1/7)を終えて

速いもので、もう三月になってしまった。

冬休みに行った冬の三日間集中レッスンの原稿を

頼まれていたのにウッカリ忘れていた

 因に、依頼した美奈子コーチも多忙のため忘れていた。

二人共おっちょ こちょい)。

春の集中レッスンが近付いてきてハッと思い出した。

今更、三日間のことをありありと思い出せそうにないので、

一番印象的だったS音ちゃんについて書いてみたい。

(集中レッスン初参加は、2006年夏だったと思う。

現在も育成予備 校で奮闘中だ。)。

 

S音と言えば、低学年の頃から“メルヘン”と呼ばれ、

レッスン中に空振りやフレームショットを繰り返し

(時には僕の顔面にボールをぶつけたりもした)、

いつからか“ボボネ”と呼ばれ恐れられるようになっていた。

 

ボボネはレッスンを休みがちで、やって来たとしても

二言目にはR君(ある時期からボボネが恋い焦がれて いる) 

話を持ち出し(そんな時は、レッスン中だというのに

クネクネしている)僕をイラつかせた。

僕にとって「心」と「体」を欠いたボボネに、

「技」は身に付くのだろうか?と切実な問題だった。

 

でも僕は、仲良しの父上と母上を想い耐え続けた。

心を込めて出した球を軽快に空振りされても

「これは素振りの時間だ」と思い直し、

バキッバキッとフレームショットをされても

「これは負荷をかけた筋トレの時間だ」と思い直し、

至近距離からボールをぶつけられても

「これは僕のお稽古の時間だ」と思い直して球を出した。

 

でも、集中レッスンの頃から変化が訪れた。

ボボネが化けてS音になった(というより戻った)。

まだ、フレームショットは多いものも(空振りは、ほとんど無くなっ た)、

気がつくと他の誰よりも美しいフォームとスイングを手にしていた

あとはスイートスポットに当たるかどうかで当たった時は、

目が覚めるような素晴らしいボールが飛ぶようになった。

と同時に僕の心にこの先どんな娘が現れようと、

きっと僕は平然と心を失うことなく指導することができるだろう」

という強い自信が芽生えた。

だってボボネがS音に進化したんだから。

自信になるなー。ホントに。

 

いつかS音が、的に向かってレーザービームを打ち続ける日を信じて

もう少し頑張ってみようと思う(もしそうなれば父上の喜ぶ顔が目に 浮かぶ)。

 

一月の記事がこんなに遅くなってしまって御免なさい。

春の集中レッスンは、もう目の前だ・・・。

2009 冬 平馬 富人


 

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2010年3月24日 (水)

続・「フォーメーションね~・・・。」

前回の続きです。


レッスン終了後、K田さんが僕のところに寄って来て

「申し訳ありませんでした。もう少し地道に練習します・・・。」

と漏らした。

「でしょ、でしょー。」と心の中で相槌を打つ僕。


レッスン中、2人がつまらない凡ミスをするたんびに

常に「フォーメーションね~・・・。」と僕の口から発せられる。


要は「不安定」から「安定」へ(要約するとダブルスは

インチキボレーでも安定していれば、ある程度は勝てるということ。

半面だからね・・・。

2人はそのインチキに負けちゃうわけだ。

でも、2人のベストショットは美しい)。


さらに、K田さんはこう付け加えた。

「でも試合でも(繋いでるだけじゃなくて)強く打ちたいんです・・・。」


そーでしょ。だから僕がいるんでしょ。

僕だって「球出練」とラリーを早々に切り上げて

ダブルスのフォーメーションをやったら、どんなに楽しくて、

どんなに楽チンなことか(肉体的にも精神的にも)。

僕のレッスンで限り無く試合の時間が短いことの意味を

分かってちょーだい(月G特別クラスは試合はやらないで終わるくらいだ)。


いつからか僕は、人生の局面、局面で道が2つに分かれていて迷ったら

(それはレッスンのメニューを決めることにおいてでさえ)

楽な方じゃなくて、辛い方を選んで歩いてきた

僕は、他のコーチにできないことをやろうと思ってコートに立っている。

だからこそいまの僕がいる・・・。


いつか、僕がフォーメーションや試合ばかりやりたいと

思わせてくれる生徒(さん)だらけになれば本望だ

(その前に「安定」しないとね)。

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2010年3月23日 (火)

「フォーメーションね~・・・。」

N崎さんとK田さんのP(プライベート)レッスンが始まる前に

こう言われた。

レッスンの最後にダブルスのフォーメーションをやりたいんです。

「フォーメーションね~。」と僕。

 

N崎さんとK田さんは、子供を2人も産んだということが

信じ難い程、2人共スレンダーで素敵な女性だ。

ダブルスでペアを組んで試合に出ている。

 

いつものPレッスンは、地味な「球出練」とラリー で終わる

2人がやると「地味」なメニューも「派 手」になる。

ラリーは大荒れ・・・。K田さんは狂犬で男前だ)。

 

ひとつ分かっていることがある。

2人は、とても才能に満ち溢れている。

別の言い方をすれば、まだ“荒削り”だ。

 

依頼に従って、早々に「球出練」とラリーを済ませ、

最後に時間を多めに割いてダブルスのフォーメーションの練習に入る。

 

「フォーメーションね~。」

 

まずは2人に順番でサービスをしてもらいサービ スゲームの練習。

僕はレシーブで、前衛にピート君(ボールのカゴで代用。

ピート君は僕より強いのでそっち(ピート君)には

打ってはいけない設定にする)を置く。

 

僕はスピードボール一切無しで、2人を掌(たなごころ)にして

軽く料理する(ダブルスってたのしいなー。

ピート君は立っているだけだからつまらなそうだ)。

 

次は僕のサービスゲーム。2人を手のひらの上でコロコロと転がす

(もちろんスピードボールは一切無しで。2人のミスが速いので、

つまらない試合はやりたくない僕はアウトボールまで捕って

無理矢理試合にしてしまう。だって試合って楽しいんだもん)。

無事にレッスン終了。

つづく

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2010年3月18日 (木)

武道的にレシーブについて考える(ホントに最終回だってば!)

最終回は、師匠の言葉を僕なりのアレンジで・・・。


最近のレッスン中、僕はこんなことを考えながらレシーブしている

(ここまでくるのに第五話にまでなってしまった)。

あたかも、サーバーが放ったサービスが最後のピースであり、

それが「かちり」と嵌(はま)った瞬間に、

それまで存在をしなかった新たな生命体が、

そこに生気を吹き込まれて出現したかのようにレシーブしようと・・・。


やっぱり師匠の言葉にします(自分の言葉だと燃えないので)。


『頭上に白刃がきらめき、それが斬り下ろされてくる。

それが「最後のピース」になって、「白刃の下にいて

今まさに斬られようとしている主体」が生成する。

この生まれたばかりの主体は「生まれてからずっと

白刃の下にいる。「白刃の下」にいることが

彼にとっての全人生である。そのような主体にとっての

時間の流れは不思議なしかたでたわむことになります。

彼の主観から見ると、斬り下ろしてくる剣の動きは

少しも「速い」とは感じられない。

なぜなら「速い」というのは「遅い」ものとの相対的な

比較の中でしか成立しない特性だからです。でも、この

「白刃の下で生まれた主体」は剣の遅速を比較考慮すべき

経験を持っていません。ですから、そのような主体の眼には、

今まさに頭上に斬り下ろされんとしている白刃は

上る朝日のようにゆっくりと運動しているように見える。

むろん、なかなか理屈通りにはゆかないでしょう。

けれども私たちが時間意識を変成しようとすると、

いちばん正統的なのは、このように時間を細かく割ることで

主観的な時間の流れをコントロールすることです。』


ハァー、やっと辿り着いた~。


長々と、御付き合い下さり、何と言ってよいやら・・・

(ほとんどの人はいなくなっちゃったんだろーな)。


でも僕は、テニス(レシーブ)を通じて人生(武道)も

学びたいと想ってこれを書いてみました。

本当に、全部読んでくれた人がいたとしたら

今度チユーしてあげます。


レシーブの際、みなさんが待つサービスが、

上る朝日のようにゆっくりと運動しているように

見えますように。

それでは。

おしまい。

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2010年3月17日 (水)

武道的にレシーブについて考える(最終回)

ここまで辛抱して長い文章を読んでくれた人がいるとしたら

心の底から感謝申し上げます(きっとブログランキングも下がり

続けていることだろう・・・)。

頂上が見えてきたので、もう少し頑張ります

(師匠の文章を写しているだけだけど)。


『反応(即答)できるのは、呼びかけられたらすぐに

返答できるように、つねづね怠りなく準備しているからでは

ありません。どれほど入念な準備をして「即答」体制を

構築していても、呼びかけの入力があり、それが返答を

起動させるという順序でことが継起する限り、

それは即答ではない。

継起的にことが生起する限り、即答はできない。

論理的に言えば、即答するためには

「即答すべく準備している主体」というものがあってはならない。

けれども、「即答」というのは現実の、具体的な行為

なわけですから、主体によってしか担われ得ない。

では、「私」ではないとしたら、その行為は誰が担うのか。

主体の概念規定を変えるしかない。それが答です。

入力信号を待っている主体、即答すべく備えている主体、

そういうものを想定してはいけない。そうではなくて、

呼びかけの入力があったまさにその瞬間に生成したもの

として主体を定義し直す。』


ダメだー。頂上が見えたのに辿り着かなかった・・・。

それなので、もう一回。

もう一回だってば!

つづく。

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2010年3月16日 (火)

続々・武道的にレシーブについて考える

前回からの続きです。長いから覚悟して下さい。


『「敵を作る」心は自分の置かれた状況を「入力/出力系」

として理解しています。「ベストコンディションの私」が

まずいる。そこに「敵」がやってきて(対戦相手でも、

インフルエンザ・ウィルスでも)私が変調させられる。

「敵」入力を排除して、「私」の原状を回復すれば

「勝ち」(できなければ「負け」)という継時的な変化

として出来事の全体はとらえられている。

このプロセスのことを澤庵禅師は「住地煩悩」と呼びました。

この「入力と出力のタイムラグ」、「主体と他者の二項関係」

それ自体が住地煩悩である。澤庵はそう言います。

そういう継時的な変化の中に身を置いてはいけない。

では、どうすればいいのか。間髪をいれずに答える。

入力と出力のタイムラグをゼロにしろ。

それが澤庵の答です。(中略)

「間髪を容れず」に反応できるというのは、

実は反応していないからです。自分の前にいる人と

一つに融け合い、一つの共身体を形成している。

その共身体に分属している個々の身体の動きについては、

もはや入力と出力、刺激と反応という継起的な分節は

成り立たない。理屈ではそういうことになります。

そのときに「敵を作らない」ということと

「隙を作らない」ということは同義になります。

「万有は共生している」というのは道徳的な訓言でなく、

心と身体の使い方についての技術的な指示、

とくに時間意識の持ち方についての指示なのです。』


あー、疲れたー。

今日はこの辺にしておいて一杯やろー。まだまだ続くよ。

                つづく。

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2010年3月15日 (月)

続・武道的にレシーブについて考える

前回の続きです。


『武道的な働きにおいては、入力と出力との間に隙があっては

いけない。隙がないというのは、ほんとうは「侵入経路がない」

とか「侵入を許すだけの時間がない」ということではなくて、

そこに自他の対立関係がない、敵がいないということです。

間違って理解している人が多いのですが、武道の目的は

「敵に勝つこと」ではありません。「敵を作らないこと」です。

(中略)

相手が斬りつけてくるので、それを避けなければいけない

という条件を仮に想定します。選択できる動線は限定されます。

このときに「自分には無限の選択肢があったのだが、

攻撃の入力があったせいで、選択肢が限定された」というふうに

考えるのが「敵を作る」ことです。

それに対して、「無限の選択肢」などというものは

仮想的なものにすぎず、とりあえず目の前にある限定された

選択肢、制約された可動域こそが現実のすべてであり、

それと折り合ってゆく以外に生きる道はないと考えるのが

「敵を作らない」ことです。そう思うことで、

時間意識が変成する。』


長くなったのでこの辺で一息入れましょう。

つづく。

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2010年3月11日 (木)

『HAPPY WEDDING』第4話

歌の出来や踊りの評価は賛否両論だろうけれど、

とにかく、僕のいつものモットーの「出し切る」ことは

できたと思う(自己満足と言われようと全然、構わない。

だって、あんまり覚えてないんだもん)。

その後も、緊張の開放からか飲みまくる(アンタ、飲みすぎだヨ!)。


今回も、S 田君の結婚式の後に言われたようにビデオを観たTっちから

「へーちゃんどこのテーブルにも映っていたよ。」と

言われるであろうことは間違いない(記憶が定かでない・・・)。


Tっち、T江さん、末永くお幸せに!


Happy Wedding!  やったネ。

                 おしまい

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2010年3月10日 (水)

『HAPPY WEDDING』第3話

話を戻そう。

この日の僕は、6時に起床。

お風呂に入り350mlの缶ビールを2本飲み干す。

緊張のせいか、あまり酔わない・・・(本当は気が小さい)。

お風呂から上がり、たっぷり貯えた無精髭を剃って

ツルツルの顔にする。

それから、いつも通り(仕事前と同じように)呼吸と

マッサージを済ませる(違うのは、この間に焼酎のお湯割を

4杯空けたこと。相当、緊張しているみたいだ)。

礼服に着替えて、さあ、出発。


予定通り、10時にホテル入りしてロビーで歌と踊りの

確認をしながら、マイボトルのウィスキーをラッパ飲みする

(ホントによく飲むな-)。

11時の結婚式の頃には、かなりいい感じになっちゃっている。

神父様、イエス様、心の小さな僕をお許し下さい。アーメン。

そして12時からいよいよ披露宴が始まる・・・。


祝辞が2人、そして乾杯の挨拶が終わり又又、ガブガブ飲み続ける。

盛り上がりはここから。

次のスピーチは土曜チームの元キャップのO田さんだ。

M内さんと僕が、かなりの上機嫌で会場を盛り上げる

(司会者の女性も大喜びだった。たぶん)。

次は僕等の番。

僕の「今日は、心を込めて、気持ちを乗せて歌いたいと思います。」

の合図で歌が始まる。


『激しく熱く燃えて 愛し合った日々

 時には泣かせたりもしたけど 今日からは


いくつもの夜を越えて 二人は結ばれる

思い出敷き詰めて 踏み出す涙のvirgin rood


仲間が来てくれた 恋の結婚式

(本当の歌詞は、「仲間も来てくれた 恋の卒業式」)

笑顔でどんな時も 僕らを見守ってくれたね


優しくなりたい 強くなりたい

君を守りたい 愛し続けたい

この胸にずっと 君の温もりを

感じていたい いつまでも


同じ夢 同じ痛み 喜びも悲しみも全て

互いに分け合って 歩いて行けると誓う 君となら


肩寄せて 貧しくとも 失くさないこの愛だけは

どんな苦しみも 乗り越えていける

TっちとT江さんなら

(本当の歌詞は、「僕と君となら」)


「君となら」TUBE より』


誰が促す訳でもなく新郎のTっちと新婦のT江さんも、

僕等のところに来てくれて、Tっちも一緒に唄ってくれた。

ちゃっかり屋の僕は、TUBEの前田さんの声の一番高くて

出しづらそうなところ(「いつまでも~」のところ)は

Tっちに任せて無事終了。

照明が落とされスポットライトを浴びて、

こちらからは何も見えないので、

気分はカラオケ屋にいるのと変わらなかった。

よかった、よかった(以外と図太い僕もいる)。


それから、僕のMC(最近の男は弱くて困るみたいな話をして)を

挟んで「HAKA(WAR CRY)」だ。

僕の後ろにM内さん、Tっち、元ラグビー部のO田さん夫妻、

K村さん、おK、ノリのいい新婦サイドの2人を携えて気分は最高潮。


『Ah ka Mate ka mate ka ora ka ora

       ka Mate ka mate ka ora ka ora

Tenei te tangata


A upane Ka upane


A upane Ka upane


Whiti  te  ra!  Hi! 』


無事、大役を終えた(気持ちいい―)。


会場のノリもよくて、素敵な結婚式になりました。

                                つづく


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2010年3月 9日 (火)

『HAPPY WEDDING』第2話

思い起こすと、僕は結婚式でただ座っていたという

記憶がほとんどない。

前回は元コーチのS田君と元フロントのYちゃんの結婚式で

スピーチ(ついでにひと踊り)。前々回は元コーチのJ

(2009.3.17(火)の「ラブレターフロム イラク」で登場)の

結婚式で若僧だというのに乾杯の挨拶(立派な寿貧乏だ。半年で3回だ)。

もっと巻き戻すと、乾杯の挨拶をもう1回。

スピーチを4回。大取りを1回と計8回も場数を踏んでいる。

最近ではスポットライトを浴びるのが気持ち好くて楽しくて、

話が長くなりすぎるきらいがあるほどだ。

マイブームは、スピーチだけでは物足りず、

長々と話をした後にひと踊りする。

今回で踊るのは3回目。慣れたものだ。

何を踊るかといえば、いつも決まって「HAKA」。

ラグビーのニュージーランド代表(オールブラックス)が試合前に

グラウンドで踊るやつだ。

ニュージーランドの先住民族(マオリ族)が他の民族と闘う前に

自分達を鼓舞するために踊っていたと言われている。

闘う強い男の象徴である。別名「WAR CRY」。燃えるネ。


スピーチと踊りは、馴れっこなので酔ってしまえば問題ない。

でも、今回は訳が違う。

メインは歌だ(焦るネ。因に曲はTUBEの「君となら」。

結婚式には持って来いだ)。

M内さんとはしょっちゅうカラオケに行く間柄で、

彼の歌唱力は絶品で折り紙付きだ

(毎週土曜日は、チームのみんなと宴たけなわだ)。

歌唱力に自信のない問題の僕は、日頃の鍛錬で身につけた

呼吸力を糧に声量でカバーするしかない

(70人の前で唄うとなると流石にビビるネ)。

                 つづく

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2010年3月 8日 (月)

『HAPPY WEDDING』第1話

2010年2月14日(日曜日)のSaint Valentine’s Day。

お台場のホテル日航東京で土B特別クラスのTっちの結婚式。

Tっちは、土曜チームのメンバーでもある。

タウンテニスからは10人も参加。一大勢力だ。


今回の僕のお役目は『「熱い男」2008.12.2(火)』で登場した

M内さんと1曲唄うこと。

それからその後に、悪乗りしてひと踊り。

                 つづく

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2010年3月 5日 (金)

僕が胸に刻んでいる言葉

僕が胸に刻んでいる師匠の有難い言葉。

 

師、曰く

 

『 第一に眼。

眼は心の窓とも言い、その人の心が眼に映ります。

自信のない心は自信のない不安な眼になります。

自信ある心は自信ある落ちついた眼になります。

全部眼でわかるんです。強気の眼でも弱気な眼でもダメ。

深さを持ったおだやかな眼になることが大事です。

第二に姿勢。

姿に勢いと書きます。

姿だけでは死に体であり、姿に勢いがなければなりません。

姿勢が変わると眼も生きてきます。

第三に瞬発力。

スピードとは違う、時間を超えた一瞬の速さが瞬発力です。』

以上。


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2010年3月 1日 (月)

武道的にレシーブについて考える

まずは、receive(レシーブ)を読みましょう。

これは、とーっても重要な技術論なので何回でも読んで

頭の中に叩き込んでおいて下さい。

 

それはさて置き、今回は師匠の背中を追って

武道的にレシーブについて考えてみたいと思います

(サーバーVSレシーバーとして)。

 

はじめに、師匠の解説(「間髪を容れず」)から。

 

『「間髪」というのは、情報の入力があって、変換装置で解釈し、

適切な対応を出力するという継続的な過程のことです。

しかし、武道では、入力-出力がリニアに継起することを

「先(せん)をとられる」と解して嫌います。

相手が攻撃して来る。その攻撃をどう予測するか、

どう避けるか、どう反撃するか。そういう問いの形式で

考えることそれ自体が武道的には「先をとられる」と解します。

「相手がこう来たら」という初期条件の設定がすでに

「後手に回っている」からです。』

 

なるほど―。

つづく

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