続・『「できる」というレベル』
前回の続きです。
「テニスをすること」と「自転車に乗ること」を
比較してみたら「テニスをすること」の方が恐ろしく
難しい技術だということは、
言うまでもない(雲泥の差がある)。
「できる」というレベルに到達するまで、練習するしかない。
諦めたら、そこで終わりだ・・・。
話は飛ぶけど、僕がコート上で
あまり何も教えない(教えられない)方法を
(本能的に)採用していることも解説してくれていたので
ここに書き記しておきます。
師、曰く
『技は言葉や頭ではとても盗めるものじゃない。
昔から、芸術とか伝統工芸とか武術、武道でも
技を盗めと言いますね。盗むというのは眼で見て
それを感じ取るということです。ところが今は言葉で教える。
頭ですね。言葉や頭ではとても盗めるもんじゃない。
入力できる情報量がぜんぜん違います。
言葉で教えられて伸びる程度というのは、次元の低いものに
なっている。そこを非常に勘違いしている気がするんですね。
昔は日常でそういうものを見る眼というのが鍛えられていた。
だから、パッと見た時にものの本質が見えたと思うんです。』
つづく




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