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2009年12月

2009年12月24日 (木)

「振り急ぎ」OR 「振り遅れ」

ストロークにしろボレーにしろ「球出練」で

ストレートの的(シングルスコートの隅に置いてある)を

狙って練習しているというのに

コートの真ん中に立って必死にボールを出している

僕のところに危険球が飛んでくる場合について考えてみよう。

 

知っておかなければいけないのは、

フォアハンドにしろバックハンドにしろ

ストレートを狙っているのに、

打ったボールがコートの真ん中に集まってしまうのは

「振り急ぎ」だということ。

 

逆に打ったボールがアレーコートに飛んだり

サイドアウトするのは「振り遅れ」。

 

次に本当に余裕がない人だったら

「振り急ぐ」か「振り遅れ」るか考えてみよう。

 

本当に余裕がない人は、

僕の出したボールに差し込まれて「振り遅れ」る。

 

別の言い方をすれば、「振り急ぐ」人は「余裕がありすぎて、

振り急げる時間がある人」だということが言える

(焦っているだけだ)。

 

それにもかかわらず、僕に散々、

危険球を打ち続けているのに

「僕(私)は、一所懸命、精一杯頑張っていて一杯一杯なんです・・・」

っていう顔をするのはやめましょう。

 

「振り急ぎ」は身体的に余裕があるんだから・・・。

 

クロスの時は逆で、「振り遅れ」たボールが

僕を襲ってくるのは言うまでもない。

僕は決して自分の身の安全のために

これを書いているわけではない・・・。

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2009年12月17日 (木)

野球・其の弐

前回の続きです。

 

さて、野球はどうだろう?

 

まず、身体(手)を使ってボールを投げる。

それから、道具(グローブ)を使ってボールを捕る。

さらに、道具(バット)を使ってボールを打つ。

 

実に、多様化している。

 

身体を使ってボールを操り、道具も使う手っ取り早い球技を

僕は野球以外に知らない・・・。

 

僕は、小学二年生から中学三年生まで八年間野球少年だった。

中学校には野球部がなくて、仕方なく軟式テニス部に入り

野球と両立した。

 

もし野球と両立したテニスが軟式ではなくて硬式だったら・・・。

もし、テニスを始めたのが中学からじゃなくて

小学二年生からだったら・・・。

もし、序(つい)でにサッカーなんかもやっていたら・・・。

 

僕の人生は、全く違うものになっただろう。

 

野球経験者の子供(大人もそうだけど)を教える方が

楽なんだということを親御さんは意外と分かってない。

親父とキャッチボールもしたことがない子供を預かると

本当に骨が折れる。

 

僕は、決してテニスは後回しで良いなんて言っている訳ではない。

 

両立してほしいだけだ。

もっと言えば、色々なスポーツをやってほしい。

 

テニスしか知らない子供にとっては、

指導者がとーっても大事だと心の底から感じている。

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2009年12月16日 (水)

野球

土曜チームの忘年会での一コマ。

 

「コーチの子供には、テニスはやらせないんですか?」の問いに

酩酊状態の僕が発した

「やっぱり子供は最初に野球をやらせないとダメですよ」

の一言から議論になる。

 

みんなは「テニスを教えている人間が他のスポーツを勧めるとは

どーいうことなんだろう?」と感じたらしく、やけに盛り上がる。

 

みんなの言い分は、「スポーツならテニスだってサッカーだって

何だっていいじゃないか」でまとまっている。

 

僕は野球を挙げる理由を熱弁する。

 

一つ目の理由は、野球が団体競技であること。

これには、みなさん直(ただ)ちに納得。

 

もう一つが肝腎(他の球技スポーツと較べるとよく解る)。

テニスは、道具(ラケット)を使ってボールを打つ。

もっと言えば、サーブのトスだけは身体(左手)でボールを操る。

 

サッカーは、身体(脚・手は少々)を使ってボールを操る。

 

ゴルフは道具(クラブ・パター)を使ってボールを打つ。

もっと言えば、試合中は走らない。

 

バレーボールやバスケットボールは、

身体(手)を使ってボールを操る。

 

さて、野球はどうだろう?

          つづく

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2009年12月15日 (火)

理想の弾道

レッスン中に「球出練」でボールを出していると

「理想の弾道」を描いて打つことが大切だと感じる。

 

的(ターゲット)に向かって「理想の弾道」を描く。

 

レッスン中の僕は、さながら「理想の弾道を描いて!」

としか喋れない九官鳥のようだ。

 

「理想の弾道」がない人は何処に辿り着くのだろう・・・。

 

「理想の弾道」があれば、勝手に身体が反応して

「技」が進化するだろう。

「理想の弾道」があれば、そこから大きく逸れた

ボールを打てば「心」にも作用するだろう

(「理想の弾道」がなければ的外れな球を打っても

何も感じないんだろう・・)。

 

「技」が発展途上中でボールを打つのが精一杯の人にとっては

「理想の弾道」を描くことが難しいかもしれない。

マクロ(巨視的)に見れば、「理想の弾道」を描くこと。

ミクロ(微視的)に見れば、ネットの〇〇cm上を

通すか指標を明確にすること。

 

自分の打つボールが、ネットの上の何処を通るか

意識してほしいということを書くために

こんなに長い文章になってしまった・・・。

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2009年12月14日 (月)

子供を預かる指導者として決して忘れてはいけないと肝に銘じていること

僕は勝利至上主義ではない。

 

前にも書いたし、指導中の僕の身体から滲み出ているだろう。

 

師、曰く

『人と比較して勝ち負けにばかりこだわったり、

子どものころから何事につけ勝つことを強い

られていたりすると、負けたときに罪悪感を抱き

「他人を蹴落とさなかったので自分を守れなかった。」

というエピソードが記憶として残ることになります。

すると「自己保存」のクセが働いて、「人を蹴落とし

てでも自分を守りたい」「自分が得をすればよい」と

いう気持ちが生まれてしまうのです。いわゆる

‘損得勘定’は、脳が生まれながらにしてもっている

ものではなく、後天的に身についていくものといえます。』

 

僕は、いきすぎた成果主義に与(くみ)することができない・・・

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2009年12月10日 (木)

続・『Personal space(パーソナル・スペース)』

楽天の野村元監督は、

「最大の敵は、鈍感であること」と言った。

 

僕もそう思う。

 

テニスコート上で「パーソナル・スペース」が狭いことで

得になる事は何もない・・・。

 

ある伝承によれば、アメリカ開拓期の伝説的英雄

ダニエル・ブーンは、ケンタッキーの彼の住まいの

100マイル(1マイルは約1609m)先に他の開拓民が

やってきたときに

「ヤンキーの体臭が臭くてかなわない」とこぼして、

さらに奥地に引っ越したと言われている。

つまり、ダニエル・ブーンの「パーソナル・スペース」は

半径100マイルあったわけだ。

 

スゴイね・・・。

 

僕が股下や背中に飛んできたボールを、身体の後ろで難無く

(ボールが見えてないにもかかわらず)打ち返せるのは、

僕の「パーソナル・スペース」の広さの為せるわざだ。

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2009年12月 9日 (水)

『Personal space(パーソナル・スペース)』

 

「パーソナル・スペース」を辞書で引いて調べると

 

『身体の周囲に存在する、心理的な縄張り空間。

他人が侵入すると、心理的な不快感が起こる。

空間の大きさは、状況・対人関係・心理状況などによって変化する。』

 

とある。

 

普段、僕が「パーソナル・スペース」を感じるとき・・。

マンションの敷地内で他人とすれ違い挨拶してもシーン。

「・・・・・・。」

下を向いたまま無反応。

恐ろしく「パーソナル・スペース」が狭い

(満員電車なら無理もないけれど・・)。

 

テニスコートで僕が「パーソナル・スペース」を感じるとき・・・

2面進行でレッスンをしていて、僕のコートと隣のコートで

メニューが違うことがある。そして、隣のコートから僕のコートに

移ると、人によって対応の仕方にかなり個人差がでる。

「次、何やるの?」とまったく隣(僕のコート)で何をやってたか

感じてない(見えてない)人と、

次にやることをうすうす理解している人の差はデカい。

 

大人のレッスンでは、「こーいう人だから仕様がない」と

諦めて、さっき説明したことをもう一度最初から繰り返して説明しなおす。

子供のレッスンでは、カチンと来て

「まわりが見えてない奴は、強くならない。」と悟す。

つづく。

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2009年12月 4日 (金)

続・『「体育坐り」が身体に悪いって知ってましたか?』

生徒たちをもっとも効率的に管理できる身体統御姿勢を考えた末に、
教師たちはこの坐り方にたどりついたのです。

しかし、もっと残酷なのは、自分の身体を自分の牢獄とし、
自分の四肢を使って自分の体幹を緊縛し、呼吸を困難にするような
この不自然な身体の使い方に、子どもたちがすぐに
慣れてしまったということです。

浅い呼吸、こわばった背中、痺(しび)れて何にも感じなくなった手足、
それを彼らは「ふつう」の状態であり、しばしば「楽な状態」だと
思うようになるのである。

あー、何とも恐ろしい話だ・・・。

じべたに坐り、夢中になってヤンキースを応援していて、
稀に無意識に「体育坐り」になっている僕を発見すると、
この話を思い出してハッとする。

小中学校時代の洗脳をまだ「身体」が覚えているんだろうか・・・。

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2009年12月 3日 (木)

『「体育坐り」が身体に悪いって知ってましたか?』

国家(権力)が身体に「刻印を押し、訓育し、責めさいなんだ」
実例を一つ挙げておきます。
それは、一九六〇年代から全国の小中学生に普及した「体育坐り」です。

「体育坐り」は、体育館や運動場で生徒たちを
じべたに坐らせるときに両膝を両手で抱え込ませることです。

これは、日本の学校が子供たちの身体に加えた
もっとも残忍な暴力の一つです。

両手を組ませるのは「手遊び」をさせないためです。
首も左右にうまく動かせないので、注意散漫になることを防止できます。
胸部を強く圧迫し、深い呼吸ができないので、大きな声も出せません。

師、曰く。

『古くからの日本語の用法で言えば、これは子供を
   「手も足も出せない」有様に縛りつけている、ということになる。
   子ども自身の手で、自分を文字通り縛らせているわけだ。

さらに、自分でこの姿勢をとってみればすぐに気付く。
   息をたっぷり吸うことができない。つまりこれは
   『息を殺している』姿勢である。手も足も出せず息を殺している
   状態に子供を追い込んでおいて、やっと教員は安心する、
   ということなのだろうか。これは教員による無自覚な、子どもの
   からだへのいじめなのだ。』

あー怖っ。

さらに、もっと恐ろしいのはこの後・・・。

つづく

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