「大死一番(最終回)」
「心(メンタル)」の話、ほんとうに最終回です。
『それでも、スポーツの場合、最悪な状態になっても、
事故がない限り生きていくことはできる。
しんどいのはやっぱり、職業生活のほうでしょう。
会社で「リストラされそうだ」と思ったら、
リストラされたらどうなるだろう?と考える。
次の仕事もなく、お金に困るかもしれない。
家も失って、女房子供も出ていくかもしれない。
苦しいほうへ苦しいほうへと自分を持っていくんです。
そんなとき、路上生活の人を見て
「あっ、ここにくればいいんだ」という
気持ちになるかもしれない。
「生きていくことはできるんだな。
じゃ、いまの状況で頑張ってみるか」という一種の安堵感です。
こうして、イメージを最悪な状態に持っていくことによって、
ポジティブになれることもあるわけです。
ようするに、不安や恐怖を一旦受け入れて、
それを表現するというプロセスが、ここでは必要になってきます。
“大死一番”
『禅でよく使われるこの言葉は、文字通り
「大きく死ぬ」ことを勧めたものである。
もちろん、実際に「死ぬ」わけではない。
「死」、転じて自我を「放り投げる」ことを意味する。
イメージの中で欲も損得勘定も何もかも最悪の方向へ追い込み、
自分をどんどん惨めにしていく。
つまり自分を捨てるトレーニングをするわけです。
これが逆に安心感を与えてくれることもあるんです。
なぜなら、自分を捨てることによって、
再び自分を拾うことができるからです。』
毎年3万人を超える自殺者を抱える母国のままでよいはずがない。
この前、「トミーって長生きしそーだよね!」
とタウンテニスの子供に言われて思わず噴き出してしまった。




コメント