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2009年8月25日 (火)

「大死一番(最終回)」

「心(メンタル)」の話、ほんとうに最終回です。

 

『それでも、スポーツの場合、最悪な状態になっても、

事故がない限り生きていくことはできる。

しんどいのはやっぱり、職業生活のほうでしょう。

会社で「リストラされそうだ」と思ったら、

リストラされたらどうなるだろう?と考える。

次の仕事もなく、お金に困るかもしれない。

家も失って、女房子供も出ていくかもしれない。

苦しいほうへ苦しいほうへと自分を持っていくんです。

そんなとき、路上生活の人を見て

「あっ、ここにくればいいんだ」という

気持ちになるかもしれない。

「生きていくことはできるんだな。

じゃ、いまの状況で頑張ってみるか」という一種の安堵感です。

こうして、イメージを最悪な状態に持っていくことによって、

ポジティブになれることもあるわけです。

ようするに、不安や恐怖を一旦受け入れて、

それを表現するというプロセスが、ここでは必要になってきます。

 

“大死一番”

 

『禅でよく使われるこの言葉は、文字通り

「大きく死ぬ」ことを勧めたものである。

もちろん、実際に「死ぬ」わけではない。

「死」、転じて自我を「放り投げる」ことを意味する。

イメージの中で欲も損得勘定も何もかも最悪の方向へ追い込み、

自分をどんどん惨めにしていく。

つまり自分を捨てるトレーニングをするわけです。

これが逆に安心感を与えてくれることもあるんです。

なぜなら、自分を捨てることによって、

再び自分を拾うことができるからです。』

 

毎年3万人を超える自殺者を抱える母国のままでよいはずがない。

 

この前、「トミーって長生きしそーだよね!」

とタウンテニスの子供に言われて思わず噴き出してしまった。

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