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2009年7月

2009年7月31日 (金)

続・「TRAINING(トレーニング)」

『肝心なことは、負荷をかけた運動で速筋がバテル前

休憩を挟み、心身をリフレッシュした上でそれを何度か

繰り返すこと。これが速筋を鍛える基本的な方法です。

ダラダラとした長い時間トレーニングでは、速筋は鍛え

られず、遅筋が発達するばかりです。』

 

走り込みが下半身の筋力を強化するならば、

あらゆるスポーツの中でも42.195キロを走る

マラソン選手の筋力が最も高いということになる。

だけど、短距離走、中距離走、長距離走の筋力比較の

データを見ても、長距離走のそれが最も低いことが

明確になっている。

さらに最近の研究では、速筋繊維は後天的に遅筋繊維に変わる

ということが解明されつつある。

また、持久的トレーニングの過多によって、遅筋系に属する

速筋繊維までが遅筋繊維に移行するという報告もあるらしい。

 

まだまだ迷宮の扉は見つかりそうにない・・・・・。

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2009年7月30日 (木)

「TRAINING(トレーニング)」

僕は育成・育成予備校の子供達(小、中学生)にまだ

これといったトレーニングをさせていない

(ランニング、ダッシュも含めて・・・)。

理由は、テニスのための最適なトレーニング法

判らない(模索中)からで

「君は勉強不足だ」と言われればそれまでだ。

「小、中学生にトレーニングは必要ないのでは・・・」と

本能的に思っている自分が僕の中にいることも確かだ。

 

『足腰を鍛えるということは筋力をつけるということです。

そのためには体に負荷をかけた状態でのトレーニングを

しなければならない。たとえば、バーベルを担いで行なう

スクワット、坂道を走るといった負荷ですが、ただし、

これもやり方によっては逆効果になる。というのも、肉体と

いうのは速筋線維が疲れると遅筋繊維が動き出すからです。

野球ではよく走り込みをヘトヘトになるまでやりますが、

これなどは達成感は残るものの、実は遅筋を鍛え、

心肺機能を高めるだけのトレーニングといっていいでしょう。』

 

悩むネ!

つづく

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2009年7月28日 (火)

「速筋線維と遅筋線維」

「速筋線維と遅筋線維の違いは、筋収縮のスピードと

張力(力)の大きさにあります。筋収縮の速いのが速筋、

遅いのが遅筋ですが、速筋は速い代わりに持続性に欠け、

遅筋は遅い代わりに持続性に優れている。

筋肉の割合は先天的なもので、生まれつき足が速いなど

瞬発力のある人は速筋が多く、生まれつき持久系のスポーツが

得意な人は遅筋が多いということが言えます。

選手はそのスポーツの性質に合ったトレーニング

することによって、速筋線維あるいは遅筋線維を強化して

いくわけです。逆に自分のやっているスポーツの性質に

マッチしないトレーニングではマイナスにもなりかねない。

なぜなら、瞬発力を要するスポーツに持久系のトレーニングを

持ち込むと、瞬発系に必要な速筋線維は鍛えられず

持久系に必要な遅筋線維が鍛えられてしまうからです。

つまり、瞬発力は養われにくいというわけです。」

 

なるほどネ!

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2009年7月27日 (月)

「ミドルパワー系スポーツ」

スポーツはおよそ次のような種類に分類される。

 

ハイパワー系

ハイパワー系スポーツは瞬発力に優れた速筋線維を主に使う。

 

競泳短水路・短距離走・野球・ゴルフ・ウェイトリフティングetc.

 

ローパワー系

ローパワー系スポーツは持久力に優れた遅筋線維を主に使う。

 

トライアスロン・マラソンetc.

 

ミドルパワー系

ミドルパワー系スポーツは分類において

速筋線維系の範疇に入るものの、

速筋、遅筋の両線維の特性に頼っている。

 

400メートル走・スピードスケート(500メートル及び1000メートル)etc.

 

ボクシングやラグビーなど、すべての筋肉的な要素を

ミックスして使い分けるようなスポーツもあり、

あくまでもこの分類は大雑把なものであるけれど

テニスはミドル系スポーツ

に分類される。

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2009年7月24日 (金)

続・「意識的思考」

前回の続きです。

 

「正しい歩き方」とより速く走るための「正しい走り方」の探求は、

僕がコートで動きまわっているときの重要課題の一つだ。

これといった解答が得られず、

生徒さんに『体』のことについて的確なアドバイスが

できない自分に歯痒(がゆ)さを覚える。

 

師、曰く

 

『人間が2足歩行になってからの歴史は浅い。

地球に生物が誕生してから今日までを1日と見なした場合、

人間が2足歩行を始めたのは、235959秒あたりからだ。

その背景には気の遠くなるような長い「4足歩行時代」があり、

したがって2足歩行の技術が、今日まさに過渡期にある。

そして、ここに割り込んできたのが、

脳の発達による思考、意識という要素です。』

 

思考が人間の長い進化の歴史を軽視した結果、

さまざまな誤解や錯覚を作り出したのだろう。

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2009年7月23日 (木)

「意識的思考」

前回の『「集中」と「緊張」と「リラックス」』から一転して

真逆の話。

 

意識的な思考がスポーツパフォーマンスを低下させる

ことについて師匠二人の対談の中でのやりとり。

 

師匠A 私の持論は、大脳皮質で考えるように運動が

出来るわけではないということなんです。

猫は脳をとっても歩いてますし、江戸時代には

辻斬りに首を切られた人が歩き続けたなんて

話も聞いたことがある。

 

師匠B 脳がなくても運動はできるんですね。

 

師匠A これまでの教え方では、走るときにはももを上げろとか、

歩幅を広くとかいろいろなことをいってきたのですが、

その通りにやろうとしても、大脳皮質からももを上げろ

という指令が出ていないんです。

それなのに命令を出してやろうとするからうまくいかなかった。

ももを上げるときは、意識してはいけないんです。

 

師匠B 意識というのは現実を誤解する、もっと言えば

勝手に現実を作り出しているんですね。

 

師匠A その裏返しにあたると思うんですが、運動選手が

究極のピーク能力を発揮するときは意識がなくなっている

場合があると、臨床心理ではいわれているそうです。

 

師匠B 私も女房からそれに似た話を聞いたことがあります。

若いときからお茶をやってるんですが、

お点前(てまえ)のある瞬間に、やはり自分がそういう

意識がまったくなくなったことがあるそうです。

きっと、非常に調和のとれた運動をしているときには

体から完全に脳が外れてしまうのでしょう。

意識はいらないんです。

 

師匠A いらないですね。むしろ邪魔です。

 

深いネ!

 

つづく。

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2009年7月22日 (水)

続々・「集中」と「緊張」と「リラックス」

前回の続きです。

ここからは、僕の見解。

僕の場合、「リラックス」の前に多くの「緊張」や多くの「恐れ」

多くの「不安」や多くの「ビビリ」があって、それらを

乗り越えてからやってくる「リラックス」じゃないとダメだ。

はじめから「リラックス」しているのは

僕にとって「リラックス」しすぎていて

「集中」まで辿り着いた例(ためし)がない。

 

今回は、この間、久し振りに逢った時に

「四十路の坂を越えても短気が直らない」と嘆いていた

裾野のジーコ(←瞬間湯沸かし器)に向けて

三回に渡って書いてみました。

みなさんにも参考になれば幸いです。

 

おしまい。

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2009年7月21日 (火)

続・「集中」と「緊張」と「リラックス」

前回の続きです。引用します。

 

『マーロン・ブランド、ダスティン・ホフマン、

ロバート・デ・ニーロ、アル・パチーノなどそうそうたる

俳優がトレーニングを受けたアクターズ・スタジオの基本

メソッドの一つは「リラックス」と「集中」だ。緊張は、

感情表現を妨げる。アクターズ・スタジオの偉大なる指導者

リー・ストラスバーグは、集中に関してさらに重要なことを

指摘している。「熱狂的な状態の人間を演じるときに、俳優は

熱狂的であってはならず、自覚的でなければならない」

つまりたとえば茫然自失の状態の人間を演じるとき、俳優は

自ら茫然自失になるのではなく、「茫然自失の人間ならこのとき

どうするだろう」という明確な自覚を持って演じなければ

ならないということである。集中するためにはリラックスが

必要であり、かつ自覚的でなければならないという事実は

非常に興味深い。』

 

深いネ!

 

つづく。

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2009年7月17日 (金)

「集中」と「緊張」と「リラックス」

前回に続き、村上 龍の「無趣味のすすめ」より拝借。

 

集中と緊張はまったく別のものだ。わたしたちは、

緊張しているときには何かに集中できない。それは

フィジカルな緊張でも、メンタルな緊張でも同様で、

たとえばゴールキーパーと1対1になったサッカーの

フォワードをイメージするとわかりやすい。超一流の

フォワードは、ゴール前でボールを持ったときに、

身体の余分な部分に力が入っていない。つまり肩や首の

回りがガチガチに硬くなったりしていない。不思議な

気がするかもしれないが、彼らは心身共にリラックスして

ゴールに対している。リラックスしているからこそ、

ボールとゴールに集中できる。

 

最後の締め括りのところが

『「力を抜く」5/14(木)』に書いた師匠の言葉と

フレーズが同じだったので吃驚(びっくり)した。

 

つづく。

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2009年7月16日 (木)

『「趣味」≒「息抜き」≒「仕事」』

『「仕事」5/28(木)』を書いたけれど、

結局、村上 龍の本を買った(買わないつもりだったのに・・・)。

 

唐突で申し訳ない。

 

なんたって、タイトルが『無趣味のすすめ』だから

趣味(テニス)を教えてる僕にとっては

『「無趣味をすすめ」るとは何事だ』になるのは当然だ。

 

でも、『仕事』に書いた文章にインパクトがありすぎて、

暗記するほど読んでしまい、心酔してしまっていたので

村上 春樹の『1Q84』が売り切れていたのも手伝って

村上 龍の本を持ってレジに並んでしまった。

 

よく読むと、こーいうこと。引用します。

 

わたしは趣味を持っていない。

小説は金銭のやりとりや契約や批判が発生する「仕事」だ。

息抜きとしては、犬と散歩したり、スポーツジムで泳いだり、

海外のリゾートのプールサイドで読書したり

スパで疲れを取ったりするが、とても趣味とは言えない。』

 

なるほどね。こーいうことか!

 

「趣味」と「息抜き」を使い分けていたんだね。

でも、『「息抜き」としては、スポーツジムで泳いだり』とある。

??????

たしか、村上 龍はテニスの愛好家でかなりの腕前のはずだ。

テニスは、「息抜き」なのだろうか?

「仕事」ではないにしても「仕事」に近いのだろうか?

たぶん「趣味」は持っていないと言っているから

「趣味」ではないのだろう・・・。

 

僕にも「趣味」がない。

音楽を聴くことも本を読むことも

栄養を取るのと同じなので「息抜き」でもない。

 

この文章を書いていたら

『僕の生徒さんには、テニスを「趣味」や「息抜き」

だと思ってテニスしている人がいない』

ということを僕は言いたかったんだ!と

はたと気付いた。

 

なぜか僕のまわりには、

「趣味」や「息抜き」でテニスする人はあまり集まらない。

 

みなさんにとって、テニスは「趣味」ですか?

「息抜き」ですか?「仕事」ですか?

それとも、違う何かですか?

 

因に、Oちゃんの口癖は「私は主婦じゃないから!」だ(笑)。


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2009年7月15日 (水)

続・「スピンサーブが打てなくて苦しんでいる人達へ」

この練習でヒントになるのは、
ボールを後頭部と

ラケットの面で挟(はさ)んだ時の
腕の形にある。

右腕の肘が
90度に曲がっていることが判るだろう。

よって、ボレーと同様に
「打線」という概念を導入して

「ボールを捕らえた時の形」と
「ボールをリリースする時の形」が

違うことになる

(右肘が曲っている時に捕らえて、

右腕が伸びていく時にリリースされる)。

逆に言うと、スピンがかからない人は
右腕が伸びてから

ボールを捕らえようとしている可能性が高い。

 

この練習があまり好きじゃないと
僕が書いた理由は、

ボールを両目で見る動作が
全く無視されているからだ。

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2009年7月14日 (火)

「スピンサーブが打てなくて苦しんでいる人達へ」

セカンドサーブでボールに
順回転(スピン)

をかけることができず、

軽快にダブルフォルトを繰り返し、

挙句の果てに当てるだけの重力サーブで

サービスボックスにそーっといれたものの

レシーブを打(ぶ)ち込まれてしまい

苦いビールを飲んでいる人も多いことだろう。

 

自分のサービスゲームは
ブレークされてばかりなので

相手のレシーブゲームを
ブレークすることに集中している

迷える子羊達のために

僕のあまり好きじゃない練習法をひとつ。

 

まず、初めに
左手で後頭部にボールを当てる。

次に、
後頭部のボールを
ラケットの面で押さえてから

左手を外(はず)す。

これで準備完了。

最後に、
後頭部のボールを押さえたラケットヘッドを

右斜め上空に振り上げる
(下から上にこすり上げることになる)。

 

すると、ボールは
後頭部から頭頂部を通って

目の前に現れて
数メートル先に落ちてから
順回転で

ワンバウンド・ツーバウンドと

ピョンピョンと
生きたまま弾んでいく・・・。

 

つづく。

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2009年7月13日 (月)

esper(エスパー)

ストロークの「球出練」で、たとえば

ストレート・クロス・ストレート・クロス・チャンスボール。

たとえば外内・外内・チャンスボールの5球

動的(アクティブ)に行なうとする。

 

練習の取り組み方に、かなり個人差が出る。

 

1球目から4球目までもそーだけど、

4球目を打ち終わった後に、

あたかも次にチャンスボールが飛んで来ることが、

最初から分かっているように振舞う人がいる

(まるで予知能力があるみたいに・・・)。

そのたんびに僕は、そーゆう輩に向かって

 

「〇〇さんてエスパーだったんですね。」

とか、

「エスパーじゃないんだから!(怒り)。」

 

と、厭味たっぷりに話す。

 

僕の指示で、5球全てを何するか知らされているからといって、

予知能力があるかのようにプレーするのはやめましょう。

僕の指示を受け入れて、それを一旦、頭の隅に置いて

試合(人によってはシングルスモードで、

人によってはダブルスモードで)のようにできることが

フットワークのテニスセンスだと

「エスパー」達を見ていると思ってしまう。

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2009年7月10日 (金)

第二回テニス会議(最終話)

僕の意見が口火となって

参加者全員の侃侃諤諤(かんかんがくがく)は、長い間続いた。

それでなくても余り有るみんなのテニスに対する情熱が

更に燃えたようだった。

第二回テニス会議は無事閉会した。

みんなの意識が高くなっただけでも

テニス界の収穫になったと感じている人が多かった。

会議が終わり身支度する僕のところに司会者が寄って来て声を掛けた。

 

「これから打ち上げがあるんですけど、よかったら一緒にどうですか?」

 

「喜んで。」

 

と僕は答えて後についていった。

夜が更けるまでみんなの意見が交換されて

話は尽きることはなかった。

 

帰宅途中、この先、どんなに運動神経が劣る子供達が増えても、

学ぶ姿勢をどこかに置き忘れてきた子供達が僕の前に現れても、

もう少し頑張ってみようと僕は一人、夜空を見上げた。

そして駅前のコンビニで買った缶ビールをあけた。

 

おわり。

 

注)この物語はフィクションです。

  このような会議は実在しません。

  「第二回テニス会議」は「第一回テニス会議」の続編です。

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2009年7月 9日 (木)

第二回テニス会議(第三話)

僕は続けた。

 

「百歩譲って大人達がその理路を採用してしまうのは

仕方が無いかもしれないけど、

未来の計り知れない右も左も判らない子供達に、

いきなりストロークでスピンをかけさせたり、

ボレーは振ってはいけないといって

将来プロの世界では通用しないことを身に付けさせたりするのは

どうかと思うんだけど・・・。

のっけからスピン・スピンで型に嵌(は)められた子供の将来と

のっけに本気でフラットで打っていた子供が進化して

スピンを打つようになった子供の将来を

較(くら)べてみる位の想像力はないんですかね・・・。

親御さんの想いもあるから成果を早く早くと

焦ってしまうのも解らないでもないけれど、

指導者も親御さんも、もう少し我慢と覚悟が

必要なんじゃないかなと感じています。

僕は、大人のクラスでも信念を曲げないので

やっぱり教えていて大変ですよ。

僕のことをよく知らない人からは、

ダメコーチだと思われてますからね。

御免なさい。話が逸れましたね・・・。

協会も強くなった選手だけ援助するんじゃなくて、

その前の段階のプログラムを充実させれば

日本から良い選手が育つだろうと僕は信じています。」

 

僕は司会者に「これで終わります」と目で合図して頭を下げた。

 

つづく。

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2009年7月 8日 (水)

第二回テニス会議(第二話)

会議の雰囲気は、
前回と打って変わって
重厚感が漂っていた。

既存のテニス論の外皮を
突き破ろうとする参加者全員の
熱い想いと知性が交錯していた。

静かではあるけれど、

やけに白熱している。

望んでいた質感に包まれた会議の中、

前回、途中退席した僕の顔には

満足感が浮かんでいた。

少し時間を巻き戻せば初めに

会議の皮切りにと

司会者からコメントを求められたのは

僕だった。

僕は、常日頃、

感じていたことを

滔滔(とうとう)と語り始めた。

 

「僕が懸念しているのは、

   テニス界の理路の構築の仕方が

近視眼的になりすぎてはいないかということで、

ストロークにしてもボレーにしても
   早く成果を求めたいあまり

無理矢理、型に嵌(は)めてしまって

本来のスポーツが持っている
   スケールの大きな醍醐味(だいごみ)

失っているように映って、

とても残念だということです。」

 

つづく。

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2009年7月 7日 (火)

第二回テニス会議

都内のとある会議室で
テニス会議運営委員会のメンバーは、

一年振りに再会し、
二回目のテニス会議のプランを立てていた。

部屋のムードは、打つ手が見当たらず
若干、沈滞気味だった。

理由は、ふたつ。

ひとつは、前回の会議の終わり方が
あまりにも完結していて

議論の内容がもうこれ以上、先には進まないと

みんなが感じていたこと。

もうひとつは、前回の会議後の打ち上げで

至極、御満悦の体(てい)で帰っていった
大御所と重鎮達の姿が

みんなの脳裏に焼きついていて、

とても新たに何かを立ち上げる気分には
なれなかったことだ。

しばらくしてから
第一回テニス会議をまとめた司会者が

ポツリと一言つぶやいた。

 

「前回、途中で帰らざるをえなくなって

帰っちゃった人がいましたよね。

あの日から彼が言ってたことが
   ずっと引っ掛かってたんですよね。

個人的な意見を言わせてもらえば、

もう少し彼の話を聞いてみたいんだけど・・・。」 

 

この提案が出されてから

僕が再びテニス会議に呼ばれることが決まるまで

さほど時間はかからなかった。

第二回テニス会議は、
大御所や重鎮達を除いた少人数で開催される。

 

つづく。

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2009年7月 6日 (月)

「勇気」

ボレーする時、
もうこれ以上(肘を抜いて)スイングし始めないと

目の前のボールが体の横を通って

スルーしてしまいそうになるギリギリまで、

飛んで来るボールの軌道上より
高くラケットを準備して

待っている「勇気」を持とう。

 

回りくどい言い方をして申し訳ない。

 

かなり早いうちに、
一度は高く構えたラケットが

寝てしまうのは非常に勿体無い。

 

ボレーに必要不可欠なのは「勇気」で、

立てておいたラケットを「寝かすだけ」だ。

 

「ラケットを飛んで来るボールの軌道上にセットして!」と

熱弁する指導者や信者には、
縁(えん)のない話だけど・・・。

 

「勇気」がありすぎて、空振りしませんように。

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2009年7月 2日 (木)

続・「寝相(ねぞう)」

思い起こすと僕も数年前まで
目覚めると首や腰がパンクしていることが稀にあった。

 

ある頃からパンクするのは枕のせいだと疑いはじめ

(その枕は、ちゃんと僕の頭と肩の位置を

計ってもらったスグレモノ(?)だったけれど)

今では押入れにしまってある。

 

じゃあ、今はどうしているかというと三種類を併用している。

 

ひとつは、使い古されたペナペナのクッション(相当薄っぺらい)

ひとつは低反発のクッション(座るとお尻の形が残るヤツネ。

これが一番上になることはほとんどない)。

ひとつは毛布(枕じゃないけど・・。

ときに四つ折、ときに八ッ折にする)。

 

ある夜は、三つのうちひとつで。

ある夜は、三つのうちふたつで。

ある夜は、三つ重ねたりする。

 

その日の疲れ具合で

三種類を組み合わせて高さと感触をコロコロ変える。

 

こういう芸当を編み出したのは、

「人間のカラダは毎日違う」とカラダが知っているからだろう。

 

「どこまで行っても、私は私」という

「私であること」へのこだわりの効いた

当世風のアイデンティティで、

これこそが私の枕だと言い張ったものの、

痛みを抱えて苦しんでいる人がいたらと思って

今回は健康の話を書いてみました

(テニスコートに石塊を持ってこられてはかなわないので・・・)

 

みなさんは、どうしてますか?

 

みなさんの御賢察の通り、

「枕とカラダの話」だけど「テニスとカラダの話」に通じています。

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2009年7月 1日 (水)

「寝相(ねぞう)」

朝起きて、目が覚めると
肩や腰がバリバリに固まっていて、
しばらくの間、動けないというような話をよく耳にする。
ヒドいと午後になっても肩凝りや腰の違和感
抜けないこともあるらしい・・・・。

原因を推測すると思い浮かぶのはひとつ。

おそらく、その人達は、よ―っぽど「寝相」が良いんだろう。

一晩中、同じ姿勢で眠っているせいで
負担のかかった部位が石塊のように
硬くなっていってしまうのだろう
(片方の肩を下にして、
ずーっと寝たとしたら肩に悪いというのは容易に想像がつく)。

それと違い、子供の「寝相」の悪さは脱帽モノだ。

一晩中、右に左に何回転もして、
ときには逆さまになったり、
カラダを整えながら快適な朝を迎える
(本能的に動きながらアライメントを調節している
何かで読んだことがある)。

羨ましいネ。つづく。

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