「続・ダウン・ザ・ライン」に登場してもらったJから
イラク発のメールが届いた。
いい話なので全文引用します。
「タウンテニス大泉学園@バグダット校」企画
~タウンの魂をイラクまで運ぶ~
タウンテニスコーチOB・ J・T
「イラクにいるイラク人にタウンテニスのラケットを届ける!」
僕は今から10年以上も前のまだ学生のころ、
今タウンで働いている多くの学生コーチと同じように、
タウンでテニスコーチをしていました
(平馬コーチは当時まだ現役選手(しかも、かなり殺気だっていた)のころです)。
その後、紆余曲折を経て外交官になり
2008年1月からイラクの首都バグダッドで働いています。
イラクといえば何をイメージしますか?
サダム・フセイン、戦争、テロ、困窮する市民・・・
なんだか物騒な話ばかりですが、そのイメージどおり、全て事実です。
フセイン政権が倒れて5年経過した今も
国内政治は安定せず、未だにテロが絶えません。
「テロ」というのは皆さんなかなかイメージできないかもしれませんが、
ようするに、買い物に行く途中の道に自動車爆弾が仕掛けられていたり、
空き地でサッカーしていたら、ロケット砲(ミサイル)を打ち込まれたり、
そんな恐ろしい出来事が日常的に発生し、
多くの市民が犠牲になっています
(僕も何回も爆発音を聞いているので、爆発音で
ロケット砲のミサイルなのか自動車爆弾の爆音なのか
区別できるようになりました、というか、なってしまいました・・・・)。
そんなイラクで不安を抱えながら生活しているイラク人を
なんとか喜ばせることはないか、
そう考えているときに思いついたのが、
この「タウンテニス大泉学園@バグダッド校」プロジェクトです。
簡単に言えば、タウンのコーチ部屋に放置されている
不要なラケットやボールをイラクに持って行き、
イラク人にあげて、ついでにタウンテニス仕込みのレッスンまで
してあげようという企画です。
広中さんや山内コーチに説明したら趣旨に賛同していただき、
このたび、無事タウンテニスのシールを張ったヨネックスのラケット2本と
使い古したレッスンボール数個をイラクに持ち込み、
イラク人にあげることができました。
正確なデータではありませんが、
イラク人が戦後テニスをするのは始めてかと思われます。
そんな歴史的(?)な一日にタウンが貢献しているのですから、
タウンテニスはやはり偉大です。
そのときの模様です。
タウンテニス大泉学園@バグダッド校の
生徒第一号に選ばれたのは、サード君です。
彼はサッカー経験者ということで運動神経もなかなかのものです。
好きな選手は平馬コーチと同じ「ピート・サンプラス」とのことです
(へぇー、イラク人もサンプラス知っているんだ・・・・)。
サード君に
「このラケットは僕が日本でお世話になったテニスクラブからの
プレゼントです」、
と言ったら本当にうれしそうに
「シュクラン・ジャジーレン」(アラビア語で「ありがとう」)を
連発していました。
テニスの技術はタウンで言えば「初心」クラスですが、
僕がいる間にがんばって「初級」クラスレベルに
してあげたいものです。
サード君は一生がんばってもプロにはなれないし、
ましてやタウンの「上級」レッスンに出られるレベルにすら
なれないでしょう。
でも、そんなことは本当にどうでもよくて、
タウンテニスで無駄に放置されていたラケットがイラク人の手に渡り、
感謝されたということがうれしかったし、さらに欲を言えば、
それがきっかけでテニスが好きになり、
テニスの楽しさをこれからも一緒に共有できればと思っています。
僕のそうしたタウンとテニスに対する熱き想いは
学生時代にタウンでコーチをしていたときからあったのですが、
あの時はなかなか生徒の皆さんに上手く伝えられなかったなぁ・・・

↑ テニスコートはないので駐車場でプレー。
後ろの屋根の上にはロケット砲の攻撃にも耐えられるよう
砂袋が積まれています。

後ろの四角いコンクリートブロックがイラクで使われている防空壕。
その横のおじさんは何気に武装しています。
* イラクは現在「退避勧告」が出されており、
日本人は事実上渡航することが出来ません。
生徒の皆さんは真似しないでください。
上記写真の場所はバグダッドでも極めて安全な場所であり、
警備上万全な措置をとった上で、テニスを楽しんでいます。
* この企画は僕が個人的な趣味で勤務時間外にいっているものであり、
所属する組織の業務とは一切関係ありません。
BRAVO!パチパチパチパチ。
ブラボー。泣けるネ。
Jと僕は、かれこれ長いつきあいで十年以上になる。
僕がトーナメントバックとラケットバックを担いで
日本中を予選回りしていた頃、
Jは外務省で働きたいと猛勉強していて
お互いストレスが溜まると
二人でよく酒を飲んで発散していた
(究極の暗中模索状態だ)。
この前、Jが帰国して一緒に飲んだ時
イラクにタウンテニスのラケットとボールを
持っていった話は自慢気に聞かされていたけれど
武装した警備や防空壕や対ミサイル用に
砂袋を積んである写真を見ると流石に緊張が走る
(日本にいたらミサイルは飛んでこないしネ。
たぶん。
おかげでミサイル(爆発)の種類を
嗅ぎ分ける脳力を開発しないで済む。
以前、外務官僚の奥氏が移動中射殺されたのを
覚えている人も多いことと思う)。
二人で酔っ払って隣にいるツレに対し
「平馬さんはきっと一流になれないんだろーなー」
「Jは外務省の入省試験に受からないんだろーなー。」
と心のどこかで思いつつ
夜風に吹かれ夢を語りながら歩いた日々が懐かしい。
畑(フィールド)は違っても、
昔から二人は刺激しあい切磋琢磨している。
心温まるいい話をありがとう。
シュクラン・ジャジーレン!
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