自由否定
前回(「自由意志」)の続きです。
「自由意志」がないとすると
意思がないとするならば犯罪の罪を問えるのか?
という話になる。
たまたま万引きしただけ、
たまたま電車の中で触っただけ、
たまたま殺しただけ
だとしたら世の中犯罪だらけになってしまう。
前回の実験の話。
・ ボタンを押そうと思ったとき
脳は一秒くらい前から押す準備を始めている
↓
・ 一秒くらい経ってからボタンを押そうという意識が生まれる
(すでに脳は押す準備をしている)
↓
・ 実際にボタンを押そうという指令が下るまでに
0.2~0.3秒の時間の遅れがある。
ここがポイント
ボタンを押そうという「意思」が生まれても
ボタンを押すことを「阻止」することはできるわけだ。
ボタンを押したくなったかもしれないけれど、
でも押すのをやめていい。
そこに僕らの自由がある。
「自由意志」はないけれど
「自由否定」はできる。
つづく。
« 自由意志 | トップページ | 脳はなにかと言い訳する »
「へーまの呟き」カテゴリの記事
- 「素直」と「謙虚」(2010.09.10)
- 「悔しさ」(2010.09.09)
- 続々・「自由意志」と「自由否定」・ふたたび(2010.09.08)
- 続・「自由意志」と「自由否定」・ふたたび(2010.09.07)
- 「自由意志」と「自由否定」、ふたたび(2010.09.06)
トラックバック
この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/515433/43137821
この記事へのトラックバック一覧です: 自由否定:




コメント