あなたなしでは 生きていけない
僕が今迄に出会った文章の中で
あまりに美しく
(それまで僕は、文章にも芸術があるとは知らなかった)
とても大切なものを
僕の胸の中に温めていても
勝手に口から漏れてしまうので引用します。
I CANNOT LIVE WITHOUT YOU
(あなたなしでは 生きてゆけない)
これは私たちが発することのできる
もっとも純度の高い愛の言葉である。
私はこのYOUの数を
どれだけ増やすことができるか、
それが共同生活に生きる人間の
社会的成熟の指標であると思っている。
幼児にとって
このYOUはとりあえず母親ひとりである。
子供がだんだん成熟するに従って、
YOUの数は増えていく。
たぶん、ほとんどの人は
逆に考えていると思うけれど
「その人がいなくては生きてゆけない人間」
の数の多さこそが
「成熟」の指標なのである。
どうして
「その人なしでは生きてゆけない人」
が増えることが
生存確率を向上させるのか、
むしろ話は逆ではないのかと
疑問に思われる向きもおられるであろう。
「誰にも頼らなくても、ひとりで生きてゆける」
能力の開発の方が
生き延びる確立を高めるのではないか。
経済合理性を信じる人ならそのように考えるだろう。
だが、それは短見である。
「あなたがいなければ生きてゆけない」
という言葉は
「私」
の無能や欠乏についての
事実認知的言明ではない。
そうではなくて
「だからこそ、あなたにはこれからもずっと元気で生きていて欲しい」
という
「あなた」
の健康と幸福を願う予祝の言葉なのである。
自分のまわりに
その健康と幸福を願わずにはいられない
多くの人々を有している人は、
そうでない人よりも
健康と幸福に恵まれる可能性が高い。(以下省略)
テニスコーチの僕が幸せを感じられるのは、
あまりにも多くの「YOU」に囲まれているからで
(男子女子問わず)
師匠の教え通りこれからももっともっと
「YOU」
を増やしたいと思っている
(ときには「壁打ち」の「壁」さえ「壁コーチ」と擬人化する。
「愛」もなく「壁」にボールを叩きつけている輩に
僕の豪快なスマッシュを
後ろからお見舞いしたくなる(しないけど))。
いけない。
テニスコーチブログに「愛」を語ってしまった。
I CAN′T LIVE WITHOUT YOU
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