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2008年10月

2008年10月31日 (金)

深い話

いつもラリーしかしない人が、
たまに「球出練」をすると
いつも「球出練」をしている人よりも
良い結果になる。

深い話だ。

「球出練」は球数が多くなるので
ミスする回数が多い人には
イメージが悪くなる可能性が
おおいにありえる

(ラリーのミスは「球出練」より気にならないし…。
時間の流れがはやいしネ。
たまに練習した方が調子が良い
というのは常套句だ)。

選手レベルでも
「球出練」をする人としない人は
はっきり分かれる。

「球出練」をしている人の方が
強くて上手いとは限らない

(ラリーや試合をしている方が楽しいしネ)。

深い話だ。

僕は、引退するまで「球出練」命だった。

「球出練」は
「心」・「技」・「体」向上を目指した帰結として
「肚」(ハラ)を練り上げ胆力を鍛え
人間力の高まった人間を
育てるのだろうと僕は思う。

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2008年10月30日 (木)

禁句

恐らく生徒さんは僕の口から

「力(リキ)まないで。」

と発するのを聞いたことがないだろう。
僕の中の一番の「禁句」だ。

力(リキ)まない方法を知りたくて
スクールに来ている人間に
力(リキ)まない方法を教えられずに
「力(リキ)まないで」とだけ投げかけるのは、
あっちゃいけないことだと思う。

僕が生徒だったら

「力んでいるのはわかってるから
力まない方法を教えてよ!」

逆ギレするだろう

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2008年10月29日 (水)

シングルスの唯一無二性

僕はテニスというスポーツ
(ダブルスじゃなくてシングルスの話)
孤独のうちに没頭できる
唯一無二のもの
だから
こんなにもテニスにハマリ
人生の道標(教科書)として
愛し続けていられるのだろう
(ダブルスも団体競技(戦)もいいけど)。

よく野球のピッチャーが孤独だというけれど
冗談じゃない。
試合中も仲間だらけだ。

最近の御時世、
自分(他人)を愛することができない人が多いみたいだ。

自分を愛せない人は
(自分の愛し方のわからない人は)
他人を愛せないだろうから
(他人の愛し方をわからないだろう)
シングルスでもして
自分で自分を愛する方法を
探してみたらどうだろうか。

ダブルスでは見えてこない様々な自分
(いい面も悪い面も)
に出会えるだろう。

シングルスをしているテニス選手より
孤独なスポーツをあまり知らない

(試合中にコーチをコート内に入れることは僕は大反対だ)。

(注)
テニス選手には
自分をこよなく愛すことはできても
他人を愛せない人間が多いけれど
それは自分を愛していることにはなりません。

気をつけてネ。

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2008年10月28日 (火)

本音

いやー、それにしても
大人、子供問わず
僕が球出ししたボールを
よくもまーみんなこんなにも
ミスしてくれますねー。

本当にみんな的を狙ってんのかねー。
そんな大量のミスを見せられたら
気分が悪くなるよ。
ぶっちゃけた話。

いけない。
本音が出てしまった。

そんな最近のみんなが
ラリーしたり試合したりすると
いい感じなんだよねー
(これも本音)。

何が言いたいかわかりますか?みなさん。

僕の「球出練」で
満足に的に向かって打てるようになった暁(あかつき)には
想像もつかない世界
(恐ろしくハイレベルの)
が待っているだろうということ。

こんな言い方させないでね。
ただの嫌な奴だ
(そんなの知ってるけど)。
まったく。

ラリーや試合より
「球出練」の方が難しい。
これが僕の持論だ。
(球出しする人は平馬コーチが望ましい。
理由が知りたい人は直接聞きにきてね)。

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2008年10月27日 (月)

究極の質問

金A短期集中レッスンが始まる前にみんなで体操。
体操中にストロークに悩みを抱えているN崎さんから質問。

「ストロークを打つ時、コーチは一番何を気をつけていますか?」

返答に窮する僕。

みんなが聞いているので
「解答」をひとつ用意すると
言葉が独り歩きして
それがみんなの答えになってしまう。

スイミングスクールを運営していた
元水泳コーチのH島さんに
救いを求めて視線を投げかけると

「究極の質問だ!」

とニヤニヤしながらH島さんは
僕が何を言うか期待している表情。

「レッスンが終わるまで時間を下さい。」

一時保留。

レッスン中、球拾いの最中も
僕が答えられない理由を
あーだこーだ伝えたけれどどれも
まともな「解答」にならない。

理由は簡単。
僕が打っている時、
なーんにも気をつけていないから。

誤解しないでほしい。

選手の頃の僕は「技」量の未熟さ故に
あれこれと気をつける所ばかりだった
(だから弱かった)。

「技」の練磨とは
ひとつひとつ気になるところを取り除いて
無意識のオートマチック化を図ること
に他ならない。

レッスンという範疇に限れば
ボールを打つことに
僕は悩みを抱えていない。
だからこそ指導に夢中になれる
(気をつけていることを強いてあげるなら
コートに立つまでの準備をしっかりすることだろう)。

最後に質問をかえてもらって

「N崎さんにとって一番気をつけた方がいいと思うこと」

を伝えて

「究極の質問」の答え
僕の宿題
ということでレッスンを終えた
(いまのところ答えるつもりもないけど)。

「空振りやフレームショットをなくすにはどうしたらいいんですか?」

みたいな質問に

「うん、それはね……」

スラスラ答えることができる指導者が
いいコーチだと僕は思わない。

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2008年10月25日 (土)

職人

最愛の息子幼稚園の年長(6歳)になり
運動会の練習をしていると聞いて
レッスンが夕方からのひとつだけだったので見学に行った
(今年の運動会は仕事のため応援に行けない)。

到着すると、
平馬富人ファンクラブ副会長のGちゃんママ

「あらトミー、今日はお休み?」

と声をかけられた。

「夕方からなんだ。」

と言う僕の横から
亭主が木曜日の昼間にウロウロしているので
世間体を気にしていたのか女房が

「ホストだから。」

と揶揄したのでカチンときて

「いやー。行列ができるラーメン屋と一緒でね。
忙しい時に「また明日来てね」って言って
帰ってもらうわけにはいかないでしょ。」

と、今日は楽だけど
明日は気が遠くなる程忙しいということを

(今日はレッスン1つで明日は5つ。
こんなに極端な例は珍しいけど
できれば3つと3つに分けてほしい。
テニスの神様も意地が悪い。まいるね)

苦し紛れに伝えた。

すると刑事(デカ)の旦那を持つGちゃんママが
僕の気持ちを察したらしく

「うちも最近死体がゴロゴロでてくるから忙しいのよ――。」

と言ったので、

犯人達に
「最近忙しいからもうちょっとまんべんなく殺(や)ってね。」
とも言わずに
「やれやれ。雨後のタケノコじゃあるまいし。」
とひとり呟きながら
黙々と仕事しているGちゃんパパが想像できて
(一度、宴を共にさせてもらった。警視庁だよ。)
つくづくいい職人とは
仕事が手薄な時普段できないことをして
忙しい時
文句も言わず
いい仕事をする人間のことだと思った。

因に、平馬富人ファンクラブの会員
会長のKちゃんママと
Gちゃんママの
たったの2人
(残念ながら・・・)。

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2008年10月24日 (金)

「度が過ぎる」――→硬直化

AIG・OPEN。
錦織選手が残念ながら
3回戦で世界ランキング13位のガスケ選手に
1-6・2-6
といい所なく本領を発揮できずに負けてしまった。

試合後のコメントで印象に残った

「(相手を)尊敬しすぎた。」

というフレーズは

最近、僕が読んだばかりの師匠の本にあった
「度が過ぎる」とシステムは必ず硬直化する
というフレーズとシンクロしたので吃驚した

(10/22のブログ<原点>にも書いたけど
育成クラスのみんなを
もっと上の大会で勝たせたいと思うあまり
度が過ぎてしまい
明らかにシステムが硬直化していた)。

錦織君が言う通り
今回の敗北の理由
その通り(尊敬しすぎた)だったんだろう。

最後に勢いあまって

「来年は優勝目指して頑張ります。」

と言った姿は、

「ムリ」とか「絶対負ける」とか
平気で口にしてしまう
育成予備校の小学生に見習ってほしい。

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2008年10月23日 (木)

儀式(一日の始まり)

僕の一日は
糖分たっぷりのコーヒーを飲みながら本を読んで
呼吸法とマッサージ(撫でる程度)をすることから始まる。

読み漁った呼吸法等に関する本から選んだものに
改良を加えた自己流のやり方でこなす。

次は、上半身(首、胸、腹、腕、手)を中心にマッサージ法。
全部で20、30分かかる。

レッスン1時間位前にテニスコートに到着すると
体をつくりながら
(ストレッチしたりバットを振ったりして)
コートの内外とクラブハウスの内外のゴミを
目を凝らして徹底的に拾う
(誰にも気付かれず放置されたボールはもちろんのこと)。

これ(儀式)が終わると時間がくる。

さあ、今日も一日頑張ろう!

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2008年10月22日 (水)

原点

最近書いたブログを読み返した

文面から端々に
育成クラスでの苦悩が滲み出ているのを感じる。

現在の僕の心は、スッキリしている。
政治家っぽく言えば
「明鏡止水」
の心境だ。

理由は簡単。
またもや師匠に救われてしまった。

当然、師匠は面と向かって
「平馬君、勘違いしちゃいけないよ。」
と悟してくれたわけではない。

師匠が中学、高校の現場の先生に
言いたいことを言っているところを読んで
僕が勝手にハッとしてしまっただけだ。

ヘタコイテ原点を忘れていた…。

師曰く

本来の教育の目的は
勉強すること自体が
快楽であること、

知識や技能を身に付けること自体が
快楽であること、

心身の潜在能力が開花すること自体が
快楽であることを

子供たちに実感させることである。

「勉強すればいい学校に入れる」
とか
「練習すれば関東大会に出られる」
というような
近視眼的な目標設定にすがりついてはいけない。
人生は収入や地位や威信だけではない。

オー、アブナイ、アブナイ。
僕の原点からかけはなれた
厭な場所に
片足が知らない間に踏み込んでいた

(都大会に出場する子もでできたし、
あまりにみんながのびのびと
いいボールを打つので
頑張ればもっと上で
勝てるようになると原点を見失っていた)。

原点に返ろう。

「しっかり基本練習をして
 しっかり応用練習をして
  気がついたら勝てるようになっていた…」

4年前に掲げたコレね!

僕のスタンスが
「学びの姿勢」=「快楽」
であることは
子供達に伝わっているだろう。

たぶん。

でも僕のレッッスン中の態度が
「不機嫌」
ではいけない。
「機嫌よく笑ってみせる」
ことを
育成クラスでは、
どこかに置き忘れてしまっていた…。

「勝つこと」
より
「いい人間になること」が先だ。

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2008年10月21日 (火)

AIG OPEN1回戦

錦織圭(JPN)VS R・ケンドリック(USA)を見る。
100位とはいえ
実績豊かなビッグサーブのケンドリック選手相手
(年も10才上)に
錦織選手ノーブレイクのGOOD MATCHだった。

錦織君の長所は、
色々とメディアで取り上げられるので
それについては触れないが
僕が彼を見て
上手いな―と感じる所
「打ちじこり」
の技術の高さだ。

少々、解説。

テニスでポイントを取るには
エースを決めるか
相手がミスするか
のどちらかしかない。

打ち抜いてエースを取るか(Ⅰ)
見た目はどうでもいいから
相手のコートに一球でも多く返して
シコってミスをまつ(Ⅱ)

(Ⅰ)と(Ⅱ)の中間が「打ちじこり」。
錦織君は「打ちじこり」が素晴らしい。
打ちじこって相手を追いつめながら
自分は休憩している
(攻めているように見えるけれど
本人にとってはつないでいるだけだから
余裕がある。
女子選手がよく使う
中ロブで体勢を整えるものとは
全く違う)。

久しぶりに試合を見ながら

「COME ON!」

を連発してしまった(生放送だったし)。

錦織君が凄いのは知っていたけれど
日本の大会で
日本人の才能を見せつけられたことで
本当に凄いと思い直した。

GOOD MATCH!

注)
(Ⅱ)の人は試合に勝っても誰からも尊敬されないし
ドローを見た対戦相手に嫌な顔をされる。
錦織君は「打ちじこり」がベースにあって
(Ⅰ)の「打ち抜き」も更に素晴らしい。

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2008年10月20日 (月)

一本打ち(球出練)の意味

ストレートのみ、クロスのみ。
まわりこんで逆クロスのみ、ダウンザラインのみ
で10球
(or5球)。

ストレートとクロス交互。
逆クロスとダウンザライン交互
で10球
(or5球。5球の場合、5球目は好きな方に)。

レッスン前半、シンプルにFHSとBHS
別でストロークの基本練習。

同一方向のみに打ち続けることは、
同じ動作を繰り返すことの難しさを知る。

交互に打つことは
(相手に打つコースがバレないように)

同じ準備から打ち分けることの難しさを知る。

そうでなければ、練習の意味は薄れる。

同一方向だけでいいからといって
打っているコースのためだけのフォームになってしまうのも
交互に打つからといって
(毎球、毎球が気分転換になってご機嫌に)
打つコース丸見えで打つのも
練習(一本打ち)の意味は無いに等しい。

相手に打つコースを知らせたBEST SHOTより
相手に打つコースを知らせないGOOD SHOTの方が優る。

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2008年10月18日 (土)

あなたなしでは 生きていけない

僕が今迄に出会った文章の中で
あまりに美しく
(それまで僕は、文章にも芸術があるとは知らなかった)
とても大切なものを
僕の胸の中に温めていても
勝手に口から漏れてしまうので引用します。

I CANNOT LIVE WITHOUT YOU
(あなたなしでは 生きてゆけない)


これは私たちが発することのできる
もっとも純度の高い愛の言葉である。

私はこのYOUの数を
どれだけ増やすことができるか、
それが共同生活に生きる人間の
社会的成熟の指標であると思っている。

幼児にとって
このYOUはとりあえず母親ひとりである。

子供がだんだん成熟するに従って、
YOUの数は増えていく。

たぶん、ほとんどの人は
逆に考えていると思うけれど

「その人がいなくては生きてゆけない人間」

の数の多さこそが
「成熟」の指標なのである。

どうして
「その人なしでは生きてゆけない人」
が増えることが
生存確率を向上させるのか、
むしろ話は逆ではないのかと
疑問に思われる向きもおられるであろう。

「誰にも頼らなくても、ひとりで生きてゆける」
能力の開発の方が
生き延びる確立を高めるのではないか。
経済合理性を信じる人ならそのように考えるだろう。

だが、それは短見である。

「あなたがいなければ生きてゆけない」
という言葉は
「私」
の無能や欠乏についての
事実認知的言明ではない。

そうではなくて

「だからこそ、あなたにはこれからもずっと元気で生きていて欲しい」
という
「あなた」
健康と幸福を願う予祝の言葉なのである。

自分のまわりに
その健康と幸福を願わずにはいられない
多くの人々を有している人は、
そうでない人よりも
健康と幸福に恵まれる可能性が高い。(以下省略)

テニスコーチの僕が幸せを感じられるのは、
あまりにも多くの「YOU」に囲まれているからで
(男子女子問わず)
師匠の教え通りこれからももっともっと
「YOU」
を増やしたいと思っている


(ときには「壁打ち」の「壁」さえ「壁コーチ」と擬人化する。
「愛」もなく「壁」にボールを叩きつけている輩に
僕の豪快なスマッシュを
後ろからお見舞いしたくなる(しないけど))。

いけない。

テニスコーチブログに「愛」を語ってしまった。

I CAN′T LIVE WITHOUT YOU

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2008年10月17日 (金)

限界

選手生活をしていた頃、
自分のテニスが思うようにならず

(負けちゃいけない相手に
不甲斐無い負け方をしてしまったり、
苦手なショットが
この先とても改善するとは思えなかったり)

絶望の淵に立たされて自暴自棄になって

もう限界だ。
こんなことならテニスをやめて死んだ方がましだ
(死ぬ勇気もないくせに)。」

と呟いて、
自分を保つための苦痛の臨界点を越えそうになると
(半狂乱一歩手前だ)
必ずといっていいほど目の前を
(試合の帰り道なんかに)
身体障害者の方が通った。

その度にハッとして

「お前の辛さなんてちっぽけなもんさ。もう一度、頑張ってみよう。」

と毎回奮起させられた

(自分の状態が良い時は
障害者の方が目の前を通っていても
目に入らず
気付かなかっただけかもしれないけれど…)。

最近、よく目の前を障害者の方が通る(ことに気付く)。

「数年後の自分」が「現在の自分」を回顧して
「あの頃は辛い時期だったな―。」
と思い出すのかもしれない。

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2008年10月16日 (木)

「不快」

「不快」
ゴロゴロと
転がっている家庭に育った子供達は、
平気で
僕に「不快」を与えてくる

(両親が家庭でそうしているんだから
当たり前だ。
家の中を覗(のぞ)いたわけじゃないけど…)。

他に読みたい本は沢山あるのに
(身体の本とか小説とか)
子供達を教えるようになって
読みたくもない
「教育」に関する本を読むようになった
僕の(現時点での)結論だ。

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2008年10月15日 (水)

「諦(あきら)める」

「諦める」というと、
どうもネガティブなイメージが付き纏(まと)う。

本来は、「諦める」とは
「明らか」に「究(きわ)める」
が短縮されて
「諦める」になったらしい。
それを知ると
ポジティブなイメージに移り変わるから不思議だ。

何事も「諦め」が肝腎というけれど
最近の僕は、ポジティブに「諦め」てばかりいる…。
馬齢を重ねるというのは、
こういう事なんだろうか?

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2008年10月14日 (火)

L・S・D

よく街中や公園で
歩いている人よりも
遅いスピードで
視線を落としてトボトボと
ゆっくりゆっくり走っている人を見かける
(別に体がワルいのに無理して頑張って走っている訳ではない)。

LSDだ
LONG・SLOW・DISTANCEの略。
ランニング走法のひとつ。
覚醒剤のことだと思った人は
単純すぎます)。

僕はテニスにL・S・Dを採用する。

ストロークラリー。ボレスト。ボレーボレーで
足を停めてL・S・D。

当然、普通に打っている時と
同じフォームでやらなければ意味がない
(ただ無意味につながっても不毛だ)。

ストロークは、あてるだけになりがちで
ボレーは、山なりで飛んでくるボールの軌道上に
ラケットを用意して待っていたくなるので
要注意

ムズカシイ…。

ボール1球で
ずーっとつながれば大したものだ。
LSDができれば
ショートラリーもL・S・Dでできるので
「大人感」が漂う。

ショートラリーも普通のラリーも
足をチャカチャカ動かして
速いテンポでしか出来ない人は、
そうやって一生テニスができる訳ではないので
(加齢とともに足は動かなくなる)
LSDの練習がオススメです。

いつも公園で日向ぼっこしている老夫婦が
LSDしている人と
猛スピードで走っている人を見ながら

「あっちの頑張っている人はあまり長く続かないんだよね――。」

「あっちのゆっくり走っている人はこの公園にずっと来るだろうの――。」

とやりとり。

ここに、深さがある。

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2008年10月11日 (土)

設定

僕は迷っている。

(高校生なしの)月曜日の育成クラス
「空気」があまりよくない

(受験勉強で休会中のK太(中3)がいないため
リーダーがいない。
しかも、才能溢れるちびK太(小4)を
予備校から育成に上げてくれと
上司から打診があった。
そうすると高1から小4までいることになる。
迷うね)。

水曜日はK,金曜日はR(共に高1)がいるので
「空気」が浄化され
割と上手く(完璧ではないが)運んでいる。

レッスンは毎回、毎回、僕の個体レベルの「設定」が肝腎だ。
僕をどのモード(orテンション)に「設定」するか?
「設定」を誤ると
僕とみんなのハーモニーはなく
ストレスしか残らない
つくづくレッスンは「設定」だと痛感することが多い)。

迷いが極限状態の時に
みんなが真剣味もなくおちゃらけていると
暴力的になっている自分がいる
ので反省している…。

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2008年10月10日 (金)

オカルト(神秘的)

僕がアニキ(義兄弟)だと慕っているU山Y司に

「お前はよくオカルト(神秘的、超自然的)なことを言い出す。」

と釘を刺される。

僕が、大学進学を切望する両親の反対をふりきって
プロテニス選手を目指したのも
指導者になるつもりもなかったのに
現在コーチをしているのも
「意味ある偶然」
が重なったからだ。

僕には霊感が全くないのに
神秘的なことを口走ったり
「オーラの泉」を信じてしまうのも
僕のこれまでの人生に様々な偶然がおこり
偶然を
「単なる偶然」

じゃなく
「意味ある偶然(必然)」

と感じるようになったからだろう。

こんな話がある。

皇太子様と礼ノ宮様が
小和田雅子様と川嶋紀子様を
終生の伴侶とされた。

この図を見てほしい
(ジグザグに読んでみると、なんと…)。

 わ  ま  こ → か わ し ま き こ

か  し  き  → お わ だ ま さ 

これを見ても

「単なる偶然だよ」

と笑い飛ばせる人とは友達になるつもりはない。

御二人が皇室に御入室されたのは
「意味ある偶然(必然)」
だと僕は信じている

(別に信じない人がいても一向に構わないけれど・・・)。

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2008年10月 9日 (木)

信条

人間の頭は大別すると
三階建て構造になっている。

一番下の頭脳(脳幹)は
昆虫とか爬虫類の脳と全く同じで
無条件反射しかすることができない
頭脳で条件付けができない。

だが誤った判断もしない。

昆虫が一億年の淘汰を経て生き残ったのは
自分が生きていくのに
都合のいい動作しかしなかったからだ。

誤った判断をする頭脳を持っている
昆虫や爬虫類は絶滅してしまった。

その上にあるのが
動物(哺乳類)の頭脳(旧皮質)で
犬や猫と同じ脳だ。

旧皮質には
五感をイメージとして処理する判断機能がある。
条件反射回路が備わっていて
条件づけができるから
明るいほうへ行っていいことがあれば
次からは明るいほうへ行こうという判断ができる。
自然淘汰ではなく個体レベルの選択だ。

さらに犬や猫の脳、つまり旧皮質にも

「この人についていけば損はない」

という直感力(第六感)が備わっている。
犬猫の直感力も間違いない。

旧皮質の上にあるのが前頭葉
自分で因果関係を考える機能がある。

条件づけられることを自分で自覚できるわけだ。

というもの脳幹や旧皮質には
生まれながらにして
ハードとソフトが兼ね備わっているが
新皮質は生まれたときは
ハードだけで
ソフトがないコンピューターのようなものだから
前頭葉が働くようになるには
「教育」
というソフトが必要不可欠になる。

つまり生まれてからの
「教育」によって因果関係を考えるわけで、
たとえば

「自分はマインドコントロールされているな」

と判断できるようになる。
だから人間の頭の中には
無条件反射とか直感力の司令部の他に
もう一つの司令部が存在するのだ。

前頭葉は
ときとして誤った判断をする。
たとえば腐った食物を食べるとき
犬猫と同じ直感力を働かせれば
これはおかしいと勘が働く。

ところがなまじ前頭葉を使うと
賞味期限内だから大丈夫だろうとか
厚生労働省認可済みだからといった
理屈倒れの判断をしてしまう。

口ではまずい、おかしいと思っていても
前頭葉が大丈夫だと判断をして食べてしまう。
本来、前頭葉の判断は決め手にはならないものである。
前頭葉はまだ淘汰の途中で
まだまだ完成品ではない。

完成品ではないのだから
何かを判断するときは
犬猫的直感力と併用したほうがいい。

人間には
昆虫や犬猫と同じ頭脳も備わっているのだから
直感力も持っている。

前頭葉のスイッチを切って暮らしていれば
間違った判断をすることもなく暮らせる。
普通の生活では、
前頭葉のスイッチを切って
犬猫になっているほうが
失敗が少なくなるし
危険も察知できる。

師匠がいうとおり、これが僕の信条だ

一階(脳幹)、二階(旧皮質)、三階(新皮質、前頭葉)

をより堅固にしたい。

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2008年10月 8日 (水)

小器用

「不器用で真剣な人間」
が好きだし
自分もそうであれ
と思って生きてきた。

「器用で適当な人間」
にはなりたくないし
そういう人間を見ると
フンッと鼻を鳴らす勢いだった。

最近、自分が
「不器用」といえば聞こえはいいが、
ただの
「小器用」だと気付いて、
ただただ愕然とする。

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2008年10月 7日 (火)

最近の僕

随分長い間止めていた筋トレ
ちょっと魔が差してしてしまった。

軽い筋トレなので気持ちよかった。

話は飛ぶけど僕は練習しない
(しないでも済むから・・・)。
記憶がたしかならば
今年は(もう10月だというのに)
まだ3回しか練習していない

(それも練習という代物ではなく
ファミリーのスタッフと自分が気持ち良くなるために
ただ打ちっ放しているだけで
そこに生産性は全く無い)。

僕が練習や筋トレをしない理由はただ一つ。

そんな力があるなら
レッスンにその力をそそぎたいし
残しておきたいと思うから

(それでこそプロだと思う。
自分の技術に自信が持てなくなれば
誰よりも練習するだろうということは
容易に想像がつく。)

僕の意見に賛否はあるだろうけれど
こういう性分だから仕方ない

(こんな僕に「へーまコーチは、試合に出ないんですか?」
とか
「本気でやっているところを見てみたい!」
みたいなことを言うのはやめてネ)。

僕は空気が濃いより
少し薄いくらいが気持ちいい。

こんなことを言っているのは、
指導に対して本気になれていないからか
何か迷いが生じているからか、
最高に現在の自分が
恵まれていて幸せで平和すぎて
ボケてしまっているからだろう。
たぶん。

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2008年10月 3日 (金)

「忍」

「教育」とは「反復」(リピート)である。

ギリシャの哲人は言った。

僕もそう思う。

指導に必要なものは、
「忍」・「信」・「知」・「愛」……etc。
いろいろある。

その中でも「忍」が一番大切と僕は思っている。

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2008年10月 2日 (木)

aggressive(アグレッシブ)

パラリンピックの車いすテニス決勝を見る。

ツーバウンドして打ち返してもOKの筈の車いすテニスで
見事金メダルの国枝慎吾選手
サーブ&ボレーをしていたので
正直、度肝を抜かれた。

車いすテニス界の革命児らしい。

革命児に倣って
「ボレーは振っちゃいけない」
「ヒザを曲げて足で打つ」
「もっとネットにつめて」
等々しか言わない

思考停止した指導者達
眼を見開いて
正座しながら勉強するべき
だ。
学ぶべきところだらけだ
(クルム伊達選手のボレーも感じるものがある)。

CONGRATULATIONS!
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2008年10月 1日 (水)

「虎の穴」

月曜日の20:00から
月G特別クラス

このクラスは
毎週ほとんど変わらず同じメニューで
ストローク、ボレー、スマッシュの「球出練」をこなし
仕上げをラリーで終える。

レッスンしているというよりは、
お稽古(けいこ)している
というほうが適切だろう。

さながら侍達の武者修行といったところか。
サーブと試合はしない。

土曜、日曜に仲間と試合をやる時に
光り輝くための
「虎の穴」だ
(タイガーマスクがそこで強くなったみたいに)。

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