中国に続いて日本と
短期間で大震災によって多くの命が失われた。
世界中で地震だけでなく(サイクロン、貧困等々)
様々な事象で儚く消えていく命・・・・。
東京も近い将来、
関東大震災級の地震がくるのかなーと思っていたら、
アキバで一人の若者が歩行者天国を歩行者地獄に変えてしまった。
アホか。
他の人と比べることもできないけど
僕は、わりと「生」と「死」について考えていると思う。
なぜならば、僕のまわりには、
親族を含めて悲しい物語がやけに多い。
更に、健康そうにしか見えない親父が
生まれた頃はとても体が弱く、
今元気に生きているのは信じられない
というような話をよく聞かされていたし、
僕の中に「生命の奇跡(糸)」を決定づけたのは
親父が24才の頃の話。
東京オリンピックに間に合うように
都内で高速道路などの建設工事が進められていた
昭和38年11月12日
陸橋(橋桁)が崩れ落ちた
(工事を急ぐあまり、手落ちがあったのだろう)。
その時、丁度、現場の真下を通りかかった乗用車が
下敷きとなってペシャンコになった。
一人が即死。一人が重体。
重体の一人は、そう、僕の親父だ。
親父が即死で運転手が重体だったら
まだ母ちゃんと結婚前の話なので
この世に当然、僕はいない……。
今も手元にある新聞の記事を読むと血の気がひく。
こんな話を知ったら
「死」について考えない方がおかしいだろう。
おまけにうちのスクールはお寺が運営していて
葬式の時は、横で元気にレッスンすることになる。
DEAD OR ALIVE
前置きが長くなったけど、ここからが肝腎。
それでも僕は、地震に対して
避難具をそろえたりせず、
防災対策に対して無頓着だ。
そんなことより災厄に襲われた時に働く、
第六感を磨くことに余念がない。
橋桁が、空から降ってきたり、
いきなり後ろから通り魔が切りかかってきたら、
よけられるかどうか判らないけど・・・・。
僕の人生に悲しい物語がいくら転がっていても、
それは神様が
「その分、お前は強く生きろよ!」
というメッセージだと思っている。
乗り越えられない壁は、神様は与えない筈だ。
僕は、一所懸命、生きるために死を想う。
巷では、ポジティブシンキングがもてはやされているけれど、
ネガティブな自分も
一緒に共生してポジティブに生きる。
ポジティブシンキングだけで上手く生きられる人は、
根っからのポジティブシンカーに決まっているから
そんなものは真似する必要はない。
テニスコートでは、ビビッている自分と共生していいプレーをする。
地震に脅えている自分と共生して強く生きる。
師匠に教わったように、
そういう弱くて醜い自分も
自分の中にいることを観察する
けれど気にしない。
それでいいのだと思う。
僕は、口遊(ずさ)む。
(RADWIMPS,祈跡より)
生きたくてもいきられねえ
やつがいるんだって
そんなんも考えないで
生きてる気になんなって
そうだろう?
だってそうだろう
俺たちってただの人間って
言われて終わりかもしんないけど
人間として生きてる
命として息してる
「これ以上素晴らしいことはない」って分かっている
心で分かっている
想いで分かっている
Today six billions of people are breathing ,feeling ,and living
Today fifty hundreds of children are starving ,fearing ,and dying
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