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2008年6月

2008年6月30日 (月)

『育成クラス』への想い その五

先週
~『育成クラス』への想い その四~
の続き… 最終回です。

最近、生徒とお母さんの3人で話す機会があった。
生徒とお母さんに
テニスが
『上手い』と『強い』の違い
を説明して、

(僕の技術論については、
僕のレッスンを受けたことがない人には
難解至極だと思うし、
レッスンを受けている人にも、
僕は他のコーチに比べて

『あーしなさい。こーしなさい。』

と教える方ではない。

又又誤解されては心外なので……
今後『僕の技術論の解説書』をご紹介していく予定です。)

お母さんに

『お子さんに何を望みますか?』

と聞いてみると…
なんとお母さんは

『楽しく、上手くて強くして下さい。

と仰った。

アングリ!

僕は、公務員の息子で、
何不自由なく育ったけれど、
1ヶ月3万6千円というレッスンフィー
(他のスクールと比べてもタウンテニスは高い方だろう)
高い金額だという自覚は過分にありつつ、

『楽しく、上手くて強く……出来たら完璧だ…』

と思いながらも、
僕の最終目標はそこにある訳だし……。

それを成就するために、
如何に短いタームで成し遂げられるかが
僕の勝負なのだろう

上手くするには
何かを我慢しなければならないし
強くするには
何かを我慢しなければならないのは
いうまでもないことだけれど……。

これからも、綱渡りのような自問自答の日々は続く。

平馬 富人の下(もと) で育成クラスが続く限り……。

2008年6月29日 (日)

オムニコート

伊達さんが、しきりにメディアに
日本で開催される国際大会
世界基準のハードコートでなくて
オムニコートで行われていることに
強く反対している。

僕も伊達さんに一票。

日本のテニスの文化レベルの話なら
オムニコートはGOOD

日本のテニスの選手レベルの話なら
オムニコートはBAD

簡単な話だ・・・。

2008年6月28日 (土)

キムチ

ある日のレッスン風景。

練習すればする程、ピュアになるFHS
練習すればする程、迷宮を彷徨(さまよ)うBHS
極度な片端(かたわ)のK山さん。

誰でもみんなFHSとBHSに差があるものだけど、
あまりにギャップが大きいので

「K山さんの頭をかちわって脳味噌を見てみたいな。」

とたまりかねた僕。

するとK山さんは

「私の頭の中は、脳味噌じゃなくてキムチなの。
酸っぱくなってきたからそろそろ入れ替えなくちゃ。」

と言い訳すると、不思議と息を吹き返すBHS

僕の脳味噌が考えている世界では、
サイズが小さすぎてフォローできない。
K山さんの頭の中は、計り知れない……。

注)FHS…フォアハンドストロークの略

  BHS…バックハンドストロークの略

2008年6月27日 (金)

テイクバック

テニス雑誌をパラパラと捲(めく)ってみると
テイクバック云々(うんぬん)の話はよくでてくる。

準備(テイクバック)が、間違っていたら何も始まらないので、
大切な部分である。

「ラケットを引いて」

「肩を入れて」

「ユニットでターンして」

等、色々なフレーズがあるのだろう。
どうも、ピンとこない。

その中でも「ラケットを引いて」というフレーズは好きくない。
僕は、絶対に使わないようにしている。
このフレーズには、
ラケットを手だけで引いてしまうニュアンスがあるからだ。

敬愛するプロゴルフコーチの江連忠氏が語るように
「テイクバックのBACKは背中だから背中で引け」
みたいなことを平気で言ってのけて
僕の魂を揺さぶるような風雲児は、
テニス界に現われないものだろうか。

因に、僕の口癖は「弓矢を引いて」
背中で引く動作と呼吸が
マッチするように感じるからだろう。
弓を引いたこともないのに
よく流鏑馬(やぶさめ)の真似をする。
実際は、ラケット(矢)を手で引いているのは
言うまでもないことだけど・・・・。

2008年6月26日 (木)

MEMENTO MORI ― 死を想え ―

中国に続いて日本と
短期間で大震災によって多くの命が失われた。

世界中で地震だけでなく(サイクロン、貧困等々)
様々な事象で儚く消えていく命・・・・。
東京も近い将来、
関東大震災級の地震がくるのかなーと思っていたら、
アキバで一人の若者が歩行者天国を歩行者地獄に変えてしまった。

アホか。

他の人と比べることもできないけど
僕は、わりと「生」と「死」について考えていると思う。

なぜならば、僕のまわりには、
親族を含めて悲しい物語がやけに多い。
更に、健康そうにしか見えない親父が
生まれた頃はとても体が弱く、
今元気に生きているのは信じられない
というような話をよく聞かされていたし、
僕の中に「生命の奇跡(糸)」を決定づけたのは
親父が24才の頃の話。

東京オリンピックに間に合うように
都内で高速道路などの建設工事が進められていた
昭和38年11月12日
陸橋(橋桁)が崩れ落ちた
(工事を急ぐあまり、手落ちがあったのだろう)。

その時、丁度、現場の真下を通りかかった乗用車
下敷きとなってペシャンコになった。

一人が即死。一人が重体。
重体の一人は、そう、僕の親父だ。
親父が即死で運転手が重体だったら
まだ母ちゃんと結婚前の話なので
この世に当然、僕はいない……。
今も手元にある新聞の記事を読むと血の気がひく。
こんな話を知ったら
「死」について考えない方がおかしいだろう。

おまけにうちのスクールはお寺が運営していて
葬式の時は、横で元気にレッスンすることになる。

DEAD OR ALIVE

前置きが長くなったけど、ここからが肝腎。
それでも僕は、地震に対して
避難具をそろえたりせず、
防災対策に対して無頓着だ。

そんなことより災厄に襲われた時に働く、
第六感を磨くことに余念がない。

橋桁が、空から降ってきたり、
いきなり後ろから通り魔が切りかかってきたら、
よけられるかどうか判らないけど・・・・。

僕の人生に悲しい物語がいくら転がっていても、
それは神様が

「その分、お前は強く生きろよ!」

というメッセージだと思っている。
乗り越えられない壁は、神様は与えない筈だ。

僕は、一所懸命、生きるために死を想う。
巷では、ポジティブシンキングがもてはやされているけれど、
ネガティブな自分も
一緒に共生してポジティブに生きる。

ポジティブシンキングだけで上手く生きられる人は、
根っからのポジティブシンカーに決まっているから
そんなものは真似する必要はない。

テニスコートでは、ビビッている自分と共生していいプレーをする。
地震に脅えている自分と共生して強く生きる。
師匠に教わったように、
そういう弱くて醜い自分
自分の中にいることを観察する
けれど気にしない
それでいいのだと思う。

僕は、口遊(ずさ)む。
(RADWIMPS,祈跡より)

  生きたくてもいきられねえ

  やつがいるんだって

  そんなんも考えないで

  生きてる気になんなって

  そうだろう?

  だってそうだろう

  俺たちってただの人間って

  言われて終わりかもしんないけど

  人間として生きてる

  命として息してる

  「これ以上素晴らしいことはない」って分かっている

  心で分かっている

  想いで分かっている

  Today six billions of people are breathing ,feeling ,and living

     Today fifty hundreds of children are starving ,fearing ,and dying

2008年6月25日 (水)

長所を伸ばすか、短所を無くすか…

テニスを教えていると、よく頭を過る。
テニスは、残酷だと…。

人生論だと
短所は気にせず
長所を見ていればいい
(悪い所を見ていたら切りが無いし)
というものが多い。

しかし、テニスではそうはいかない。
弱点があると
そこから侵されて
ボロボロと崩れて

得意なもの
不得意なものになってしまう。

欠点をなくすしか道は無い。
テニスは、
結果(勝ち負け)が
すぐでるから
曖昧さは許されない。

人生の結果は、
死だから
曖昧な部分もあった方が、
いい塩梅なのだろう。

練習していれば、
長所は勝手に伸びる。
短所をなくすことだ。

そうならない限り、
レベルの階段を昇るつもりならば、
いつか残酷な結果が待っているだろう

(死ぬわけじゃないけど……)

2008年6月24日 (火)

ボレーの奥義

肘で持ったラケット
(実際は、手で持っているのは当たり前ですよ)
「肘を抜く」

立っていたラケットヘッドの重さで落ちてくる。
ただ、これだけ。

THAT’S ALL

これに優る良い動作はない。

「いい動き」とは「いい重力」。

試しに「動」の字をくだいてみると「重」「力」になる。

これが出来ない人は、
手でラケットを振るから手打ち
足で打つ人は、論外

以前、テレビでサッカー日本代表の中村俊輔が、
フリーキックやPKでシュートする時の軸足は、
踏ん張らずに「膝を抜く」と言っていた。

流石だね。

因みに僕も
ボレーで「肘を抜く」のは勿論、
球出し中、
生徒さんの打つ球が
顔面に襲いかかってくると

(本当に危機一髪の時は、
まるでボールにスピード感が無く
目の前で止まって見える)

既の所で膝を抜いて避けている。

流石でしょ。

2008年6月23日 (月)

『育成クラス』への想い その四

先週
~『育成クラス』への想い その参~
の続きです。

それから子供達と親御さんに
スポーツを始めた原点を忘れないでほしい。

みんなはテニスが好きで楽しいから
テニスを始めたんだろう。
親御さんも

『スポーツをすれば、
体を鍛えられて健康的だしいい人間になるだろう』


との思いで
テニス(スポーツ)をやらせたんだろう。

現在(いま) 思うと
僕が若かった頃は、
スポーツをしている人間に
悪い人間はほとんどいなかった。

しかし残念ながら現在は、
不祥事を起こす人間(大人も子供も含めて)に
スポーツマンが多いように思う。
昔と違って

『スポーツをしていればいい人間に育つ』

という時代ではない訳だ。

それはスポーツに対する取り組み方が、
間違っているからに他ならない。

何より連帯(ソリダリテ)を
身体で感じなければいけない時期に
仲間を敵にしか見えないような状況に置かれたら
子供の性格は捻(ね) じ曲がって
無連帯(アノミー)になって、
子供らしい澄んだ目も
おかしくなって死んでくる
のは当然だろう。

何も僕は、
左翼(さよく) の馬鹿な先生達の様に

『徒競争でゴールする時は
足の速い子も遅い子も、皆で手を繋いでゴールしよう。』

なんて言っている訳ではない。

内容(空気)が大事だ
と言っているだけだ。
その内容(空気)を
作るのが僕の仕事だ。


それができれば
喜んで勝利のために、
勝利を勝ち取るための手助けをさせてほしい。
そうなることを
僕が誰よりも望んでいるのだから……。

続く…

2008年6月21日 (土)

「そんなにミスして何が楽しいの!?」

僕も人間だから
「心」が痛む時もある。

お医者さんが、
患者さんの「病」をもらっていたら
仕事にならないというのも首肯ける。
(強い「心」要)。

僕は、一日に
どれだけのミスショットを
眼の当たりにしているのだろう?

電源を切っていれば、
何のことはないけど
テニスコート上の僕のアンテナは
バリバリ三本立ちだ。

おそらく僕の「心」が弱っていた時のことだろう。
隣のコートからBOSS(校長)の一声。

「そんなにミスしてて何が楽しいの!?」

球出ししながら
消耗していた僕
心の中で
「そうだ。そうだ。」
と反射。

同時に、そこまで言っても
和やかに進行するBOSSのレッスンを確認。

それ以来、
僕の「心」が萎えそうな時に

「そんなにミスしてて何が楽しいの!?」

の声がコダマするようになってしまった。

もしも高慢ちきな僕が、
そんな言葉を吐いてしまったら
レッスンは殺伐として
おぞましい雰囲気になるだろう。

BOSSは、穏やかな雰囲気の内に修めてしまった。

僕も、そのような性格になれたらと
なれもしない願望を込めて……。

BOSSに脱帽。

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2008年6月20日 (金)

テニスの神様 ピート・サンプラス

もしピート様がいなかったら、
僕は選手生活の途中で
ラケットを部屋の片隅に置いて
(ゴミ箱に捨てて)
テニス界にいない。

みなさんには、特別な思いをよせる選手がいるだろうか?

それが、あるかないかで
人生が変わると僕は思う。

(今の僕には、
ヤンキースの松井秀喜と
早稲田大学ラグビー部。
テニス界に1人もいないのは、
とても残念なことだ。
無理してつくるものでもないし…)

よくテニス愛好家は、口にする。

「ウィンブルドン(男子)は、ノータッチエースばかりでつまらない・・・。」

僕にもそう思う節はある。

それでもピート様の試合は素晴らしい。

だって僕の神様だから

(何度も繰り返されるノータッチエースに食い入る破目になる)

そういう選手がいるかどうかが生命線だろう。

だって、どうでもいい選手のビデオに二回目はないから…。

これを書くきっかけになったのも、
引退してから5年も過ぎたピート様が
王者フェデラーに勝ってしまった試合のビデオを見たからで、
それ以来数十回リピートしている。

同じビデオを何回も繰り返して見れる程
好きな選手がいるということは
恋人同様素敵なことだ。

体調不良でコートの後ろで嘔吐しながらも、
コーチの危篤状態で号泣しながらも
強くプレーしたピート様に鳥肌が立った。

マナー的にはどうかと思うけれど、
現役時代と変わらず
ネットインでポイントをもぎとっても
「ソーリー」とも言わず、
自分のプレーに集中している様を見ると
僕は昔も今も“ピート命”だと思い知らされる…。

まいるね。

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2008年6月19日 (木)

OUT OF CONTROL

同僚のYちゃんのPレッスン中にこんな質問。

今回のペアは、とてもハードヒッター。
残念ながらいつも出場している

レベルのベスト4の壁を突き破れないらしい。

彼女の願いは、その人達に勝つこと。
話を聞くと、
どうやらコーチに諭されてハードヒットを封印

スピードを抑えて試合にのぞんでいるらしい

どうも腑に落ちない。
疑問符(?)が残る。

ペースを落としたらその壁を突き破れる
(その人たちに勝てる)のだろうか?

たぶん、出来ないだろう。

トドのつまりは、コントロールである。
スピードの速い遅いは関係ない

(テニスはスピード競争ではない。
コントロールを良くするためのペースダウンなら問題は無い)。

勝利の決め手は、コントロールだ。
コントロールのないところに、戦略も戦術もない。

それに気づかないかぎり願いは成就しないだろう。

高慢ちきな僕は、練習中自分のスタイルを変えたことがない。
でもここからがポイント。

試合中は、自分を偽っていつもペースダウンしていた。

それがセンスだと思う。

当然勝つために……。

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2008年6月18日 (水)

Kとのやりとり その2

前にも登場したKは、
到底学力では入学出来ない(? )
優秀な都立高校に、
テニスのテストを受けて
文化推薦枠で見事合格

今春からとうとう女子高校生(JK)。
期待に胸を膨らませ部活動開始。

ある日、
4年間僕の指導の下
のびのび育ってきたKのテニスが買われて
推薦をもらったと信じて鼻歌交じりの僕

残念な知らせ

ストローク練習の際、部活の顧問とコーチに

・     「もっと膝を曲げなさい」
・     「スイングは、下から上にスピンをかけて」
・     「もっと足を動かして」

悪の3大指導法
押し付けられるというのだ。

OHsign01 MY GODsign03

フラットドライブを打ちたいと願うKにとって

深く膝を曲げることも
下から上に振ることも
何の役にも立たないし、

「テニスの髄」 (近日公開予定)
にも書いた通り
足を動かすことは
「手」二ス界にはびこる
「足」二ス信者の常套句

正しく打てるようになった人の足が、
勝手によく動いてしまうのであって、
正しく打てない子が足を動かすことから始めると
肝腎の打つことの方が後回しになってしまう

ことの順逆が違う。

Kも相当呪文をとなえ続けられているらしく

「そのやり方になびいてそうなってしまう
可能性がある自分がいて怖いの。」

と言い出す始末。

Kの打つボールが
「不安定」
から
「安定」になり、
この娘だけは
「特別」
だと
首脳陣に思われる日を目指すしかない。

がんばろうね、K。

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2008年6月17日 (火)

福田 雅之助先生のこと

福田先生は、
知る人ぞ知る
「この一球は、絶対無二の一球なり」
の名言を残したあの御方である。
昨年、東京体育館で開かれた
全国マナーテニス大会の際、
親御さんと子供達に配られた
「本気な人間になれ」
のコピーを拝読。

前半は、
何事(コート整備、球拾い、練習等)も本気でやれ!
という内容でとても興味深い。
後半は、マナーやフェアプレーについて。

前半と後半の中から、
大変感銘を受けた好きなフレーズを一つずつ。

「テニスに徹すれば、そこに哲学もあり禅もある。」

「いい人間が、いいテニスを生む(と私は思う)」

鳥肌ものだ。
泣けるね。

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2008年6月16日 (月)

『育成クラス』への想い その参

先週
~『育成クラス』への想い その弐~
の続きです。

だからといって、
僕の指導が
『ただ自由であればいい』
という訳ではない。

僕が求めているのは、
僕が出す(打つ)ボールを、
的を狙ってドフラットで引っ叩(ぱた) いてくれることだ。

球がどこへ行こうと結構。
それさえしていれば
上手くなるという確信がある。

しかし、言葉にすると簡単なことが
小・中学生の子供達にとって
月・水・金と週3回、
2時間強のレッスンでできるかというと……
これがなかなか難しい

『心』のない日は、すぐに判(わか) る。
小、中学生の『心』で
いつも目をギラギラさせて
コートに立ち続けるのは
至難(しなん) の業(わざ) だ。

(おそらく大人でも大変な作業だろう。
それに試合に行って負けてしまったり、
手の豆が潰(つぶ) れたりと
いつも良い状態でコートに立てる程
人生は甘くない

『心』のない(気持ちの入らない)時に
本当の自分がでてくるものだ。
僕が子供達に
一番身体に纏(まと) ってほしいものは、
テニスはもちろん、
テニス以外の何をしたとしても、
その物事に対して
立派に振舞える態度(「心」)だ。

大人になった時に
周りの人から
「あの人ならきっと何をやっても大丈夫」
と評価をもらえるような
人格者になってほしい。
ただそれだけだ。

テニスが好きで
楽しくて始めたのに、
好きな物ですら
成し遂げられないようでは、
興味のない物では、
到底何も成し遂げられないように思うから……。

続く…

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2008年6月14日 (土)

携帯電話

僕は、常日頃、子供達にテニスコートに入ったら
使える良い携帯電話になろう
と口を尖らせる。

僕は言う。

「良いケータイは、
アンテナがいつも三本立っていて
受信も発信も感度良好で、
広範囲にわたって電波がとどいてなきゃ
使えないよね。」

頷く子供達。

「受信だけ良くても発信だけ良くても
片方だけなら使えないよね。
君達は、受信アンテナは1本で発信アンテナは3本。
それに発信内容はノイズだらけだ。

集中している顔をしている子もいるけど
半径1メートルしか見えてないから
周りには全然、電波がとどいてないんだよね。」

何も言えない子供達。

「せめて好きなテニスをやっている間位は、
良いケータイになろうよ。
コーチの若い頃は、テニスコートの上だけは高性能だったよ。
授業中は圏外だったけどね。」

笑い出す子供達。

わかってくれるよね。

おしまい。

付録)
ラケットを握る時(グリップ)の命小指なので
ケータイの使い過ぎ親指ばかりを強くしてしまうのは
テニス上達の妨げです。

要注意 punch

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2008年6月13日 (金)

石井 弥起君

ある日、
平馬家に石井弥起君を招待して
宴を用意するという。
「嘘だろ、オイ。」

石井弥起君をご存知ない方達のために少々、解説。

弥起君は、日本テニス界トップを走り続けているスーパースター
単(98年)複(2006年)の全日本選手権覇者でもある。

デ杯代表に選ばれたこともあり
現在も全日本ランキング14位(2008、03、31日付、ミキプルーン所属)の
バリバリのトッププロである。

僕も選手の端くれだったので
トッププロの友達の一人や二人はいる
と言いたいところだけど何のことはない。
僕の妹と弥起君の奥様が大親友で
奥様が僕の母の手料理(美味しいと評判らしい)を食べたい
とのことで今回の流れになったらしい
僕がすごいわけでもなんでもない)。

それにしても
「あこがれ」のスーパースター石井弥起選手が、
僕のなんの努力もなしで頼んでもないのに
あちらの方からおいで下さるというのである。
開いた口が塞がらない。

「あこがれ」のというのにはちゃんと理由がある。
以前、雑誌の特集で
「ツアー選手のバックの中身を拝見」
みたいなコーナーがあって、
弥起君のバックの中に数冊の本が入っていて
インタビュー中の
「活字中毒なんです。」
というコメントを読んだ時
クラッときてしまったのである。

それ以来、
日本のテニス選手の中で唯一、
僕が気にかけていた人
なのである。
人生、何がおきるかわからないものだ。

そんな彼が、
オフシーズンにチャンスがあったら
タウンテニスの子供達にテニスを教えに来てくれるという。
酒の力を借りて悪乗りした僕が
「僕が球出しするからお手本をみせてあげてくれる?」
とお願いすると
「それもいいけど、子供達が僕と実際に打たなきゃダメですよ。
と語ってくれた。
熱い男だ。

これからも頑張ってね。
心を込めて応援しています。

結局、2度席を一緒にする幸運に恵まれたが、
あまりの興奮緊張状態のために
酩酊気味だったのはいうまでもない。

2008年6月12日 (木)

育成クラスのみんな

僕は他スクールの子供達のテニスを見るのが
あまり好きではない
だって、みんな同じ様に見えるから。
絵に書いたように厚いグリップ(握り)で
下から上にスピンでグリッ。

蕁麻疹がでる。

対照的に
我が育成クラスのみんな
七人七様でとても個性的だ。

見ていて飽きることが無い。

どうしてだ?…って

そりゃー 僕が
「的を狙って本気でドフラットで引っ叩け」
としか言わないんだから。

グリップまちまち。
スイングまちまち。

「フラットで引っ叩け」
と言っているのにスピンをかける輩もいるので
弾道まちまち。

そんなみんなを
少々勝利から遠ざかっても
僕は誇りに思ふ。

付録)
日本中のテニスを愛する子供たちに物申す。

イチロー選手がコーチの言うことを
ハイハイと聞いて
「現在」があると思いますか?

以上

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2008年6月11日 (水)

魔法の箒

ただ箒を振るだけ
ストローク、スマッシュ、サービス
魔法にかかったように
瞬く間に開眼してしまった人がどれだけいただろう。

どこでも売っている80cmのアレね。
Pレッスンには絶対欠かせない。

グリップの握りづらさ
柄の細さと
適度な頭の重さによる絶妙なバランス
(トップヘビー)。
振れば振るほど空気抵抗
これで万事OK
ALL IS GOOD annoy

考えてみると、
僕の右腕のウィルソンプロスタッフミッドのヘッドに
重りを三重にも四重にもベタベタと貼り付けて
約400gになってしまったのは
僕のラケットを
「魔法の箒」
にしたかったんだろう。

注)400gはスーパーヘビー級なのでみなさんはマネしないでネ。

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2008年6月10日 (火)

1Point Get

真っ黒なポルシェの爆音を轟かせて
現在では居酒屋11店舗を抱える
飲食会のニューウェーブS井氏登場。
S井氏は、法政大学同好会チャンピオン
我がスクールの元コーチでもある。
僕とはかれこれ10年以上のつきあいだ。

学生時代のSちゃんのフォアハンドストロークといえば
「スーパーグリグリワイパーマン」
流石に三十路を越えて「心」も「体」も衰えてきたので、
体にやさしいフラットドライブにしようと一念発起。
数年前から週一回僕とタッグを組んで特訓中である。

Sちゃんは、何か骨をつかむ
なんともいえない表情で
「あーなるほど。 good
わかりましたよへーまさん。
こういうことだったんですね。

意味深な笑みを浮かべ
「そーだよ」と僕。

「何で最初から教えてくれなかったんですか!」

と嬉しさと苛立ち半々のSちゃん。

これでへーま1ポイントゲットです。
この1ポイントゲットの積み重ね
フォアハンドストローク・フルモデルチェンジ成功の日は近い。

2008年6月 9日 (月)

『育成クラス』への想い その弐

先週の
~『育成クラス』への想い その壱~
の続きです。

御存知の方も多いと思うけれど、
練馬区周辺に
名門テニススクール(育成クラス)
ゴロゴロと存立している。

前回の記事にも述べたが、
そんな中で我がタウンテニスでも
4年前に育成クラスを立ち上げた。

本来なら、
他の名門テニススクールの選手に
負けない選手を育てる
ことに
一心不乱にならなければならない筈なのに…

僕の中に
どうしても払拭(ふっしょく) できない感情がある。

― 「人間力を高める」 ―

極端な言い方をすると、
僕の指導はこの言葉が起点になっている。

どういうことかというと、
試合で負けない強い選手を育てることよりも、
いい人間になってもらう方を優先してしまうのだ。

当然の帰結として、僕の指導は
『勝利至上主義』
ではない。

勝利に餓えた子供や親御さんは、
僕のやり方に違和感を覚え、
コーチとして失格に映るだろう。

しかし、
小・中学生という
人間形成の大切な時期に…
『目先の勝利へのこだわり』
は、楽しいはずのテニス(スポーツ)を
押し付けがましい、
強制でつまらない物に
変えてしまう危険性を孕(はら)んでいる。


将来的にどこまで伸びるか、
想像することすら計り知れない未来を…
僕の手で壊したくない。

僕が『勝利至上主義』でない理由がここにある。

続く…

2008年6月 7日 (土)

両手打ちOR片手打ち

初夏を思わせる日差しを浴びて
どこからか又帰ってきた鶯(ウグイス)の声を聞きながら
プライベートレッスン
メンバーは I江さん、O村さん、K山さん、H島さん。
素敵な顔ぶれだ。

ちょうど終盤にさしかかった頃 I江さんが一言。

「両手打ちバックハンドストロークを片手にしてみようかな。」

ギクリ。 eye

いつも一緒にやっているK山さんが
二ヶ月位前から改造中なのを見て閃いたようだ。

ちょっと待ってね。
両手から片手に変えるのは
治療レベルではなくて、大手術なんだよね。

その後ろから大手術中のK山さんが一言
「一緒に片手にしよ-。」

ナーバス。 sweat02

K山さんの場合は、
両手打ちなのに横にふられた時
咄嗟(とっさ)に片手打ちになって
その様があまりにも理にかなっていたので
大手術に踏み切ったけれど、
I江さんの両手打ちバックハンドはどんどん良くなっていて
もう少しの辛抱で頭角を現し出すかもしれない

天秤に掛けてみる。

一つは、僕が片手打ちなので両手打ちのことは分からない。
もう片方は、僕が片手打ちには精通していても
2人の大手術を抱えることになる。

思考停止

パニッパニッパニッパニッパニパニパニック。
パニッパニッパニッパニッパニパニクニッパ。 typhoon

とりあえずこの日は保留。

御告げを待つ僕でした。

(注)
僕は小学生でも片手打ちにしたいと言われ
可能性があればそうさせてあげます。
力がないから両手打ちで
という短絡的な考え方が大嫌いなので……。

2008年6月 6日 (金)

職業病

どれ程の人間が、
志半ばで怪我や病気に泣かされて
コートから去っていったのだろう。
僕は間違いなく肉体労働者だから
近い将来コートに立つことができなくなって
他の仕事をしている姿は容易に想像できる。
十二分にありえる。
その時は
「自分はそこまでの人間だった」
とたやすくわりきれるだろう。

そんな僕にも一つだけ
どうしてもなりたくない病がある
コーチが罹ることが多く選手がなったという話は聞いた事がない。
要は、球出しのしすぎだろう。
手をたくさん使う仕事の人がなりやすく
手首に瘤(コブ)が出来てしまい手術することもあるらしい)。

病名はガングリオン
なんとも恐ろしくて強そうな名前だ。

多い日で1日に数千球も出すにとって
ちっともなってもおかしくない。
そんな影に脅えていた最近の話。

息子が一番の親友だと思っている
同じマンションに住み、
同じ幼稚園のR大君が
ガングリオンになってしまったのだ。
それ以来
ガングリオンの足音が日増しにリアルに…。 coldsweats02

一体R大君は
どんな手遊びの離れ業をやってのけたのだろうか? sweat01

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2008年6月 5日 (木)

何も教えない、何も教えられない?

前にも書いたけれど
僕はレッスン中に技術論の多くを語らない
もしくは語れない?

(何年も前に技術論のHOW TO本を書き終えているにもかかわらず…)。

その理由は?

左脳の働きが活発な理論好きの人
必要以上に理論を与えても
動作がロボットの様にギクシャクして感覚が鈍るばかりだし、
右脳の働きが活発な感覚的な人
必要以上に理論を与えてもろくなことはない。

当然の帰結として僕は多くを語らない。

そんな僕が技術論を
「丁寧」に教えることがあるとすれば、
生徒さんがプライベートレッスンを始めて間もない頃と、
企画物レッスンの時と、
生徒さんが絶望の淵に立たされた時と、
僕と生徒さんの感性の感度がどうしようもなく良い時位だろう。

あくまでも「感覚」とは、自分で感じを覚えるものだ。
人に教わるものでもないし
教えられるものでもない。

ここが「肝腎(カンジン)だ。
話は逸れるけど
肝腎」とは五臓六腑の五臓(肝臓、心臓、脾蔵、肺臓、腎臓)のうち
喉を通った物が最初に通る所が「肝臓」で
最後に通る所が「腎臓」で、
最初と最後(入口と出口)が大事なので
「肝腎(カンジン)」というらしい。

だから僕は「肝心」とは書きたくない
僕は現在でもレコードプレーヤーでレコードを聞くので
「針」と「スピーカー」が大切なのは重々承知している。

入口(肝臓、針、テイクバック)
出口(腎臓、スピーカー、フィニッシュ)
間(心臓、ターンテーブル、インパクト)が解った時に
僕は多くを語れるコーチになれるのだろうか?

インパクトが「命」なのは言うまでもない………。

2008年6月 4日 (水)

師匠(達)のこと

指導者になるつもりも無かった僕にも
師匠(達)がいる。

どこに居るかというと
僕の目の前には居ないんだけど、
本棚の中に大勢いらっしゃる。

『本棚に並んでいる書籍が自分の履歴書だ。』

中堅都立高校卒業の僕にとって
自分の学歴はあまり役にたたないので
並んでいる書籍に対して、深い思い入れがある。
(様々な部門に師匠がいることになる)

ひょんなことから
ブログをすることになったので
色々な所で師匠に登場していただくことになるだろう。
(だって僕の言っている事は師匠が言っている事ばかりだから。
大体こういう物の言い方が一番の師匠にそっくりだ。)

だけど、僕の記憶力の欠如は否めないので、
複数の師匠達を
雑多な人格要素が星雲状態でぐちゃぐちゃとしている
単数の師匠として扱わしていただきます。

あしからず。

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2008年6月 3日 (火)

僕の球出しに対するKの評価

育成クラスでの
愛弟子Kとのある日の
『やりとり』

因みにKは高校1年生。
小学6年生からのつきあいで
『やりとり』は中学生の頃の話。
(もうかれこれ5年目だ。長いね…)

自分の球出ししたボールに
惚れ惚れ
する
んだけど
どうしたって僕は
自分の球出しを打ち返す事ができないので、
思わずKに一言。

『コーチの球出しってどんな感じ?』

『ん~。死にそうな球出しかな。』

『それってどういうこと?』

K曰く

『ボールが飛んでくる間は死んでるけど、
バウンドしてから
死ぬ間際の人間がそうであるように
急に最後の息を吹き返して蘇るような感じ…
かな。

深いね。

2008年6月 2日 (月)

『育成クラス』への想い その壱

早いもので、
2004年4月に
育成クラスを旗揚げして
5年目の年度が始まった。
この4年で計12人(現在は7名)が僕と携(たずさ) わり、
互いに教え、教わりながら過ごしている。

育 <はぐく> めテニス道

テニスは人生の縮図です。
テニスを通じて人間力
(「心」、「技」、「体」等)
を高める。

そして、
しっかり基本練習をして、
しっかり応用練習をして、
気がついたらたくさん勝てるようになっていた。


そんなレッスンにしたい。

これは、『僕』と『みんな』の大きな挑戦。

実は、この目標は
4年前に掲げたもので、
その信念は今も変わらず、
全くぶれていない。

然(さ) れど、
僕の信念に則(のっと) って貫いている
一挙手一投足が
僕の言葉(コミュ二ケーション)不足も手伝って
大切な子供達や親御さんに
誤解を招くようでは心外なので
僕が日頃考えていることについて
少し文章にしてゆきたい思う

続く…

2008年6月 1日 (日)

球出し練

僕のレッスンの屋台骨となり支えてくれているのが
球出し練習だ。

レッスン中に技術論の多くを語らない僕にとって
『僕の球出しで生徒さんを上手にしてみせる』
という気概の表れでもある。

とりあえず自己分析。

大きなスイングで動的に球出しをするコーチが
圧倒的に多いのと対照的に、
僕のスイング幅は……

とても小さく静的
だ。

そんな僕の出したボールに
多くの生徒さんはさしこまれる。

僕の動作と
飛んでくるボールの重さに
相当のギャップがあるのだろう。

(生徒さんの目にアクティブな映像を与えてから
どんなに生きたボールを出してもあまり意味がない

そんな訳で…
ギャップ(より静的でより重くて生きているボール)を
大きくするために精進中
だ。

『そんなお前は、自分の球出しを受けたことがないだろ!』

という声が聞こえてきたから…
このへんで。

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